ずっこけた櫂兎を気にもとめずに、重陽はやけに真剣な顔で話を続けた。
「後ろ盾がない、なんてのは、孤児や田舎の一般の出の者の中にはざらにいます。
しかし、いくらそうでも、大師がつくというのは異例すぎます。と、いうことは、後ろ盾がないのではなく、後ろ盾となる家名を公に出せない、だと考えました」
「だからって隠し子はないよ!」
本当どうしてそうも皆とんでも方向に考えたがるんだ!
「隠し子となると、また、誰の子かという問題が」
「だーかーら、最初から隠し子でも何でもないから!!」
「しかし――」
「重陽」
重陽の言葉を遮って、皇毅はいつもと変わらぬ重く低い声で彼の名を呼んだ。
「お前は何の用でここに来た」
「……棚夏櫂兎氏の副官査定のためです」
「なら、今その話をする必要はないだろう。お前の仕事をさっさと進めろ」
「はい、失礼しました。棚夏殿も、余計な詮索が過ぎました」
申し訳ありません、と重陽は姿勢を改めて謝罪の言葉を述べた。それを確認すると、皇毅は席を立ち、長官室へと戻っていった。
皇毅が室から去ったのを確認した重陽はくるりと身を翻した。
「でっ、話の続きですけれど!」
「って話続けちゃうのかよ!」
にっこり笑って変わらぬ調子で言う重陽に、櫂兎は思わず突っ込んだ。
真面目に謝ったと思ったら、謝っただけで態度を改める気はなかったらしい。
「だって気になりますし」
えへへと調子良くはにかみ笑う重陽に、櫂兎は溜息まじりに告げる。
「仕事しようか重陽、俺も長引くの嫌だし」
「ええ〜、だって僕、ここの仕事終わったら、また吏部に戻って机仕事ですよー? 今が唯一の休息なんですよー?」
「仕事」
「同情して下さってもいいじゃないですか。――っあ、じょ、冗談ですって…、します、仕事」
じと目で睨んだ櫂兎に、重陽は顔を顰め、拗ねたような態度をみせた。……少し、きつく言い過ぎたような気もするが、彼も彼だ。ここは厳しくいこう。
「葵長官も気になさらないんですかね、ああしてすぐに出て行っちゃって。
あ、いえ、蒸し返す気はないんですが。あの人もさすがに、大師が出てきては深入りしようがないんでしょう。もしくは、既に何か知っているか。あーもう、やんなっちゃいます」
「重陽、仕事」
諌める櫂兎に、重陽は大袈裟に肩を落とした。
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