「まー、なんですか、その、ほら。貴方の勤務態度は吏部に所属当初の記録でも勤勉・真面目となっています。それからずーっと、まるまるまる。悪いことしてないです。ですね?」
悪いことしてない、とはまた、他に言いようがなかったのかと櫂兎は頬を引きつらせながら頷く。それを、重陽は手元の紙にさらさらと書き留めた。
「よかったですね、葵長官。彼ほど仕事に信用の置ける官吏というのもなかなかいませんよ。
さて、以上で一通り、三人で確認すべきことは済みました。次は葵長官に席を外して頂いてーー」
「出生と吏部所属までの経歴についてが、未確認だが?」
ぴたり、と重陽は手を止めた。
「ええ、それは吏部で既に確認済みですから」
「ここで明らかにするのが通例だろう」
「そうなんですが、今回だけ違うんですよ」
重陽はそう言うと、少し困ったように眉をハの字にして一枚の書状を机上に広げた。
「これは?」
書状に並んでいるのは何処かの狸爺が書いたような、見覚えのある字で、しかし、櫂兎はその書状に見覚えがなかった。
「えっ、棚夏殿心あたりないんですか!?」
「……」
じっと書状を眺めた皇毅は口をつぐみ、険しい顔をさらに険しくした。
「ま、霄大師の書状ですからね」
その書状は、櫂兎の出自や官吏になるまでの経歴に後ろ暗いことがない、ということを自身の名をもって証明するという内容だった。要するに、遠回しに櫂兎の過去を調べるなといっているのだ。
(頼んだおぼえはないんだけれどなあ…)
正直、ありがたいのかありがたくないのか分からない。どうせやるなら、くすねた饅頭の数も追及されないようにして欲しかった。
それから、刺さる二人からの視線から逃れるように視線を逸らしつつ、櫂兎は言う。
「この書状におぼえはありません、大師がご厚意で下さったのでしょう。大師とは、少しご縁があって、知り合った仲なんですが。自分が、後ろ盾も何もない人間なもので、それをことあるごとに、親切にもご支援下さっているのです」
悪友三人と、友であるあの先王が、自分に対しては時に過保護に思えるくらい甘いのは、櫂兎がよく知っている。
「……隠し子?」
「どうしてそうなる!?」
重陽の発言に櫂兎は大きくずっこけた。
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