「わあ、本当に棚夏殿だ。机の上が特に、棚夏殿って感じがします」
彼、重陽は副官の執務机をみて、懐かしむように目を細めてから、櫂兎の方にくるりと身を向けた。
「まずは、この久方振りの再会に、喜びの挨拶をひとつ。お久しぶりです、棚夏殿」
重陽は明るい声でそう言って、くすりと笑った。
「ああ、緊張なさらなくて大丈夫です。記入頂いた書類と、吏部で調査した分の情報はあるので」
こういうのって、割と形だけみたいなところありますから、と重陽は櫂兎の気を和らげるように言った。
「口調も、その妙にかたい言い回し、やめていただけると有難いです。私も、いつも通りにさせて頂きますから。このままではなんだか、くすぐったくて仕方ありません…」
「それはちょっと思ってた。じゃあ、お言葉に甘えて」
「はい。では、査定を始める前に。どのようなことをするかを話させて頂きますね。
先ほど葵長官には話しましたが、まず、葵長官の立会いのもと幾らか質問と確認をさせて頂きます。それから、葵長官には席を外して頂いて、話をして、終わりです」
「……えっ、それで終わり?」
思っていたよりシンプルな内容に、思わず櫂兎は声が出る。そんな櫂兎をみて、重陽は口もとを緩めた。
「ね? 意外と簡単そうでしょう」
「きいてくること言ってくることはえげつないがな」
「手厳しい評価なことで」
口を挟む皇毅に、重陽は苦笑いした。そうして、査定は始まった。
実際に体験した櫂兎が思うに、この査定のえげつなさは、質問の内容や意図というよりも、その質問に至るだけの下調べ、そこに感じる執念だろう。
ここでは、いわゆる過去にしでかした悪いことも、ざっと調べたことを明らかにされてしまうわけだが、本人ですら、忘れかけていたようなことから、負い目に思っていること、後ろ暗いところを鋭くついてくる。嘘をつくわけにもいかないので、事実を言われてしまってはそれを認めるしかないのだが、その認めるということは、きちんと記録に残るということでもあって。
「厨房から饅頭くすねた回数497回って…悪餓鬼ですか貴方は」
「うう…きょ、許可をもらって、頂いたことも、四、五回ありましたよ」
「その回数は抜いてあります」
「ひいっ」
お、おそろしい…! まさか後宮と朝廷を行き来していた頃、習慣のようにこっそりいただいていた饅頭のことまで調べられているとは。……隣にいる鉄の面構えがデフォルトの長官が、珍しく表情変えてまで呆れた顔している気がするけどきっと気のせいだ。
「ま、これは上が気にしてないというので罪には問われていないみたいですけれどね」
何をやっているのやらと重陽は溜息をこぼす。
「しかし、仕事姿勢に関しては、あまりの綺麗さに逆に何かあるんじゃないかと疑いたくなりますねえこれは。普通賄賂や癒着、権利違反の一つや二つ、見つかるものなんですけれど。まあ、それがなかったから職位も面白いくらいに上がらなかったと捉えることもできますが」
「権利違反の件ならついこの間じゃないか、重陽もよく知っているだろ」
「あれは尚書が悪いですし」
けろりと言ってのけるのに、お前なあと櫂兎は苦笑いした。
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bkm