緑風は刃のごとく 07
「なんだこれは」


切り分けられた林檎を見た皇毅の第一声が、それだった。


「うさぎです」

「……」


こいつは一体何を言っているんだという顔をしつつ、皇毅はうさぎを模した林檎を一つ手に取り、しゃくしゃくと食べた。甘く爽やかな、そして少し酸味のある林檎だ。


「『長官は、林檎うさぎは頭から食べる』、と」


冗談なのか本気なのか、真剣な顔で櫂兎がそんなことを紙に記録するので、皇毅は少し煩わしそうに眉根を寄せた。








室の隅にある長椅子に身体を沈めた皇毅が、眠りに落ちるのに、そう時間はかからなかった。
櫂兎はそれを見届けたところで、机上の記入すべき書類を手に取り、他の書類を簡単に整えてから、小さな木椅子に座る。


「…………はぁぁー…」


深く深く溜息を吐いた櫂兎は、執務机に突っ伏す。何とも、一杯食わされてしまった。予想外の査定日に、混乱したところを押し切られるという自分の間抜けさに、やはり考えなしだったかと顔をしかめる。


「……いや、でもこれも、繰り返さないための勉強料ってことで、うん」


うんうんと頷いて、自分の中で一つ納得できる形に考えをまとめたところで櫂兎は、林檎のうさぎを一口かじった。皿の上のうさぎは残り3匹になっている。
礼部をずっと希望してはいるが、御史台の仕事内容も、ここでのやり方も、それはそれでアリだと、必要だとは思うのだ。異を唱えるつもりなんて、毛頭ない。極々個人的に、ただ性に合わないだけで、しかしそれが問題で。


「……まあ、郷に入れば何とやら、善処はしますけど。仕事だし」


実際、御史台にきてからは、猫被ってみたり、目当てのもののためにグレーゾーンなところにも踏み入ってみたりはしたけれど。副官をうけたとはいえ、御史台に居続けるつもりは依然としてない。

そのまま櫂兎がもそもそと林檎を咀嚼していると、ノックもなしに突然扉があいた。


「皇毅ー……って、何だ、寝てるの。しかも、君の前でなんて」

「黄門侍郎殿」

「晏樹様って呼びなよ」


そのいつもの主張を櫂兎は何事もなかったかのようにスルーして、皇毅に近づこうとする晏樹を制止する。


「長官はお疲れのご様子ですから、起こさないであげて下さい。私が伝言を承ります」

「ふーん」


晏樹は特に何を告げるでもなく、執務机の上にある林檎を一切れ手にとって咥えた。うさぎの頭の方から口に入っているので、ウサギの耳にあたる林檎の皮が口からヒラヒラとはみ出ているのが目に付く。


「頭からとは、長官とお揃いですか。しかし、咥えるのは少々行儀が悪いと思いますよ。あと、何断りもなしに食べてるんですか貴方は」


晏樹はにっこり笑ったまま、何も言わず咥えていた林檎を噛み、飲み込んだ。それから話す。


「元は僕のだから、何の問題もないよ」

「そうだったんですか」


櫂兎の顔色が悪くなる。知っていれば林檎を食べなかったのに! ……彼に何か貰い物をして、ろくなことがありそうにない。いや、ろくでもないことなら既に起きた後なのだが。


「伝言はいいや、代わりに君がしてよ」


晏樹は櫂兎の手をとり、丸められた紙を数枚手渡した。書かれた文字が裏から透けて見える。


「えっ?」

「これ、榜示か何かに張り出してきてよ。そうだなあ、王城に来てすぐの、分かりやすい場所がいいな」


櫂兎は手元で渡された紙を少し広げ見る。目を見開く櫂兎に、晏樹はくすりと笑った。


「どう? たまには僕、優しいでしょ」

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空中三回転半宙返り土下座
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