緑風は刃のごとく 01
「おはようございまーす、お疲れ様です」

「早いですね、おはようございます」


門番に挨拶し、櫂兎は御史台の方へ向かう。まだ出仕時間には随分早い時間だが、櫂兎には一つ確かめたいことがあった。


(昨日の違和感の正体、あれは貘馬木殿の話を踏まえて推測すると…うっ、この想像している内容が外れていることを祈りたい)


少しだけ重い足取りで、御史台に到着する。もちろん、中に人はほとんどいない。

ほとんど、というのは、昨日からの徹夜組がへたばって眠っていたり、人によっては激務で泊まり込んでいる場合があるからだ。とはいっても、今の時間だと彼らは眠っていることだろう。皆の出仕時間が彼らの起床時間だ。


御史台に一歩踏み入って、すぐの部屋の扉に手を掛ける。鍵は案の定かかっていない。開けて覗くが、部屋の中にはぽつんと机がひとつだけだ。
隣の室も覗く。この部屋も、それらしい書類の一つもない、空っぽといっていい部屋だ。他の部屋をみるまでもなく、このあたり一帯、あいている扉の室に、御史達の書類は置いてないだろう。

この室を使っていた人間がこの室から消えたわけではない、もしそういう話になっていれば、官位を剥奪されたのは清雅や鈴将だけでなく、たくさんの人間がいなくなることになり、もっと大事になっていたはずだ。
だから、これらの室は、意図的に書類がのけられた、ここにいた人間は移動した、とみるべきだ。


さて、一体なんのために。それは、薄々予感している。


「吏部の御史台視察、かぁ…」


そのための人員が近いうちに送られてくるとして、外部に漏らせぬ機密情報多い御史台では、書類一枚落ちているのでも問題になる。
この辺の室は、よく書類が積んだかになったり散らかされていたのが扉の隙間からよくのぞいていたから、それが見えなくて自分は違和感をおぼえていたらしい。
まさかしっかりと閉められている扉の中身は知らぬうちにごっそり移動していたなんて、こうして中まで覗き見るまで思いもしなかったが。

そして廊下を進んでいくうちに、気付く景観変化。人がいたときは、そう気にもならなかったが、いなくなって分かる。仕事場にしては、あまりにも綺麗すぎる部屋。人間の使っている気配がないくらいだ。廊下沿いのところ、つまり吏部の人間が歩き回るであろう場所だけ、きっちり整えてあるらしい。
……吏部の視察には、普段の御史台の仕事風景を様子見する意図もあるというのに、取り繕う気満々である。

まあ、機密や何やで仕方ないの一言には尽きるのだが、こうも外面取り繕っているのは、視察側も気はよくしないだろう。別部署とはいえ官吏同士であるというのに、腹の探り合いのようで、なんとも心地悪い。


「……はぁ」


櫂兎は深くため息を吐いた。


この時期の吏部の各部署視察は毎年あったことではあるが、別に全ての場合でこんなにぎくしゃくするわけではなく、人や部署によっては視察にいく部署の人間と信頼関係が築かれ、上手く人事が回ることがあった。礼部や工部、戸部なんかとは特に仲がいい。

ただ、こういった閉鎖的な部署や専門的な部署、例えば御史台であったり兵部、刑部は人事に関することで他の干渉をあまり好まないため、吏部の視察を煙たがる。部署の性質上と言い切るには、櫂兎にはどうにも、上の人間の都合もあるように思えてならないが。

(刑部は上の都合…というより、あの部の雰囲気に耐えられるか耐えられないか、か)

もれなく夜型になってしまうというのも、一つのポイントだ。

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空中三回転半宙返り土下座
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