紅梅は夜に香る 21
邸を訪ねてきた櫂兎を秀麗は歓迎した。新しい職場で初めて半日休暇がもらえたらしい。秀麗は、ずいぶん忙しいところに所属したのだと思った。とはいっても、彼が元いた吏部と休みのなさはそうかわらないかもしれないが。
櫂兎がもってきた茶菓子をつまみながら父と彼は談笑している。父がお茶を淹れたので、秀麗は慌てて淹れなおそうとしたが、慌てる秀麗をよそに、櫂兎は父茶を何でもないもののように口にして、何事もなかったかのように話を続けた。……父と長年の付き合いがあるから平気なんだろうか、秀麗は一層櫂兎を尊敬した。


自分がその場にいるのも邪魔だろうと、秀麗は茶州から帰ってきてからほとんど日課になった書簡の整理に戻ることにした。大量の料紙の山をあさりながら、次々と書簡に目を通し、似た類の物をまとめて気になるものは端に分けておく。


「あ、胡蝶妓さんからの文!」


たくさんの書簡の中に今日届いた胡蝶からの文を発見した秀麗は、文をいそいそとあけ、とても嬉しそうに目を通しはじめた。そんな秀麗に気付いた邵可と櫂兎が、話を止めて微笑ましいものを見る目線を秀麗に向けるが、本人は全くそのことに気づいていない。

胡蝶からの手紙は、落ち着いたら合わせたい人がいるので遊びにおいでという秀麗への言葉と、櫂兎にもしも出会ったら近々時間があるときに一度嫦娥楼へ来てほしいことを彼に伝えてくれというものだった。


「何て書いてあるんだい、秀麗」


文の内容を聞く邵可の言葉に、秀麗はやっと自分が彼らの話を中断させてしまったことに気づいた。そのことに謝るが、二人は気にしなくていいと声をそろえていった。偶然ながらあまりにも揃っていたので、なんだか面白く感じて秀麗は吹き出す。それから、手紙の内容を伝えた。
櫂兎は胡蝶からの言伝に、少し困ったような顔をした。


「あー…この後寄る場所があるんだよなあ。秀麗ちゃんは、今日行くつもり?」


こくりと秀麗はうなずく。櫂兎は腕を組んで唸った。


「用事の後じゃ出仕間に合わないし…。そうだなぁ…、秀麗ちゃん、悪いんだけど胡蝶ちゃんに今日の夕方ごろ行くってこと伝えてくれる?」


「わかりました」

「ありがとう、気を付けて行ってね」


にこりと笑った櫂兎は、それからふと料紙に埋もれるように座っている秀麗の顔の横へと目をとめた。目線をそこに向けたまま立ち上がってその方向へ引き寄せられるように歩く。


「櫂兎さん…?」


秀麗は近づいてきた櫂兎に首をかしげて、彼の見つめる方向に自分も視線を向ける。目線の先には、青色の薔薇があった。


「これ、」


櫂兎は花瓶に飾られたその青い薔薇をみて、すっと目を細めた。


「持っていてくれたんだね……」


秀麗が後宮で期間限定の貴妃をしていたときに、櫂兎から秀麗に贈られたものだ。花とはいっても造花なので水をやる必要もなく枯れもしない無機質なものだが。嬉しそうに口元を緩める櫂兎を見て、もうあれから一年たつのだと、秀麗は何気なく思った。

彼にもらった鏡も大切にしていることを伝えると、櫂兎はとても嬉しそうに「そっか、そっか」と笑った。実のところ茶州で一度なくしかけたが、あれは不可抗力なので考えないことにする。


「おっと、のんびりしてはいられないんだった。お茶ありがとな、邵可。またね、秀麗ちゃん」


はっとした櫂兎は、いそがしそうに荷物をかかえて邵可邸を去って行った。その櫂兎とちょうど入れ替わるように、柳晋が秀麗を訪ねてきたのだった。


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空中三回転半宙返り土下座
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