紅梅は夜に香る 20
清雅に書類を渡し終えた櫂兎は、金の狸像を目にした感動を胸に清雅の執務室を出た。


(いやぁ……いいものを、みた)


ほくほくとした気持ちの櫂兎は、共有の机に置いていた自分の書類をもって副官室へと入る。この書類たちは整理するだけでどう扱うかは長官任せ、もう触る必要はない。かわりに昨日途中になってしまっていた書類に手を伸ばす。


「お。思ってたより早く終わりそうだな」


ぺらぺらと中身に目を通してみれば、その書類たちは昨日終わらせたところが大きな山だったようで、残りはそう難しくなさそうだった。これなら余裕をもって期限前に終わらせられるかもしれない。というか、うまくいけば――


「これ、明日半日くらいなら休みとれるんじゃないか…?」


その申請が受け容れられるかはともかく、それくらいの余裕が生まれそうだった。公休日も勤務時間も関係ない重労働の毎日に、今更勤務時間や休暇の境目なんて存在していなかったが。


(一応、ダメもとでいってみるか)


そうして半日ほど休みたいという話を長官にすれば、予想外なことに休みはあっさり許可された。櫂兎には今大して重要度の高い案件もなければ、これから数日間のうちに行われるであろう大きな捕り物にもかかわっていない。本来明日は公休日であったし、今ある仕事が期限内に終わらせられれば問題ないということだ。


「……よっしゃ!!」


櫂兎は長官室から副官室に戻ってきて、室で一人嬉しさに拳をにぎりしめた。
あの金の狸は、本当に幸運をもたらす狸だったのかもしれない。








仕事を終え、自邸へ帰ろうとしていた時、櫂兎はふと宮城のほうを振り返ったところで、遠くに見える回廊の端で動く白い毛玉を発見し、驚きに転びそうになった。あわてて体勢整え、じっとその方向を見つめる。


「え、何? これも金の狸の影響で幸運のケサランパサランが現れたとかそういうの?!」


櫂兎はみたものが信じられず、目をごしごしとこすった。

ケサランパサランというのは幸せを運ぶといわれている、手のひらに載るほどの大きさの毛玉…だったと思うのだが、櫂兎が見つめているそれは、周りの物と大きさ比較して考えれば両腕で抱えるほどの大きさだ。
よくよく目を凝らしてみれば、それは毛玉ではなく、もっさりした髪と髭を蓄えた小さな人だということがわかった。


「……って、それから考えられる人物なんてひとりだろう!」


思わず櫂兎は声を上げる。幸い付近に人はいなかった。
櫂兎が遠目で見たのは、紛うことなき仙洞省次官、うーさまこと羽羽令尹だった。

女官の頃には何かと機会を逃し、朝廷に勤務するも今の今まで不思議なまでに全くお目にかかっていなかったという、うーさま本人である。じっと櫂兎が目で追うが、すぐに建物の陰に隠れてみえなくなった。
金の狸に続いての感動の出会い(?)に、櫂兎はぶるぶると震えた。


「これ、俺に運向いてきてるんじゃないか……?」


櫂兎はそうつぶやきながら、それのついでに会いたくない人と遭遇するエンカウント率の高さをなんとかしてもらえるなら万々歳なのだけれどなどと思った。


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空中三回転半宙返り土下座
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