――三日後。
秀麗の緊張と別物であろう、顔は真っ白血色も悪く、げっそりとした雰囲気で櫂兎は府庫に現れた。
「はっ、最近の癖で足が府庫に向かって……無意識に癒しを求めているのか……」
「大丈夫かい?」
椅子を引いて手をこまねく邵可に、櫂兎は首を横に振る。
「まだ時間まで半刻あるけど、そこに座ったら立ち上がれない自信があるからやめとく。そこは秀麗ちゃんのためにあけておけ」
かわりにお茶が欲しいというので、邵可はとっておきを淹れた。一口口にした、櫂兎は咳き込んだ。
「……な、なんだこれ。いつもの数倍不味い」
「いつもよりたくさん漢方を入れておいたよ」
「何でもかんでもいれたらいいってもんじゃないと何度言ったら…」
しかしグイッと一気飲む。その苦さとマズさで目が冴えたらしく、顔をしかめながら府庫を出て行った。
「どこに行くんだい?」
「今日からの職場」
府庫で泣き疲れ眠っていた秀麗は、寒さにぽっかりと目を覚ました。
「……あーもう、どこまでも私って女の子らしさと縁がないわ……」
秀麗は仮眠用の寝台から身を起こす。
――もう、大丈夫。
今日が出立の日だった。
「まったく、近々茶州に行こうとは思ってたが、まさかこんな形で行くことになろうとはな」
葉医師は朝靄の中で酒を飲みながらカリカリとこめかみをかいた。
「一応これも王命、か。なんつーかもんのすごい久々な響きだの……」
華娜か、と呟いた葉医師に、背中合わせに酒を飲んでいた霄太師がチラリと視線を向ける。
「
末裔に会ってみたかったか?」
「会わんでも、あの医書を見りゃわかる。……ったく、ほんっとに人間ってやつは……」
あのしぶとさが、憎くて、時々愛しい。
立ち込める靄を裂いて、朝日がのぼる。
「……華娜はほんっとにヘンな女でさー、人間だろうが動物だろうが妖だろーが、道端に落ちてるモンは片っ端から治しちまってさー……すっげぇ呆れ果てた」
「それでお前も道端に落ちてたら拾われたのか」
「そぉ。いいっつってんのに全っっ然聞かなくてなー。弟子もとんねぇっつったのに」
長く生きれば生きるほど、黄葉は人が憎いのか愛しいのかわからなくなる。
ふと、何でも拾いたがるのは誰かも同じだったなと口角を上げる。そっちは両手が埋まっていても拾ってこぼして、落としたことに落ち込むくせ、また性懲りも無く拾ってくるような。
「ハズレ籤ばっかで嫌になった瞬間、でかい当たり籤ひいたりするからタチ悪いよな……」
瞬きのような人生なのに、時に新鮮な刻印を自分たちに刻み、砂のように消えていく。
「……戴く王のいない限り、政事には関わらぬ――か」
気の遠くなるほど昔の誓約を舌の上で転がすと、紫霄と目があった。
「……そーだよなー。よりによってお前と酒飲むくらいになっちまったんだもんな。そりゃ歳もくうよな。もーう昔の俺が聞いたらかなりありえないっつーの」
紫霄が口を挟む前に、黄葉はとっとと立ち上がった。
「そんじゃ、まあ行ってくる」
ひらりと紫霄に手を振り、黄葉は秀麗たちが待つ場所へと向かった。
――その日、茶州へ向けて医師団が出立した。
(心は藍よりも深く・終)
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