心は藍よりも深く 35
「いつぞやに、人体切開用の小刀を貸していただいて、いろいろ準備した理由きかれたじゃないですか」

「ああそうじゃな。…で、その時言っていた『そのうちわかる』の『そのうち』が今なんじゃな」

「よくお分かりで」

「ふん、ここまで条件揃って分からん方が阿呆じゃ」


お陰で気持ちよく酒を飲んでいたところを引きずり出されたわ、とジト目で見られ櫂兎は苦笑いした。


「それで葉医師(せんせい)には、貴陽から派遣されるであろう医師団に人体切開の術を授けて頂きたいんです」

「ほう」

「詳しいことは、もうすぐここに訪れる秀麗ちゃんから……お、近いです」


その台詞を言ったか否や、回廊の先からすごい勢いで秀麗が飛び出してきた。


「秀麗殿、随分急いでおるのう」

「あ、お久しぶりです霄太師! すみませんご挨拶はまた後ほどゆっくり――」


秀麗は三人の側を駆け抜け――ピタリと足を止める。
勢いよく振り返り、目を見開いた。


「ほっほ、久しぶりじゃのー、秀麗嬢ちゃん。風邪なんかひいてないか?」


そう声を掛ける葉医師に一瞬目をやり、しかしそれだけでスルー、そして秀麗は飛びつくように櫂兎の手をとった。


「櫂兎さああぁぁぁ――ああんっっ!!!」

「えっ、俺?!」









「はい、噂の放浪の医仙、葉棕庚さんですよ」


櫂兎が秀麗とともに来たと思えば、その彼と一緒に来た者こそ、華眞を凌ぐ人物。葉医師のあっさりとした出没に陶老師以下、医官全員が固まった。秀麗はよくお世話になっているご近所のお医者様がそうだったなんてとぷるぷる震えた。


葉医師は固まっている医官たちに構わず、華眞が記した巻書を次々とめくっていった。その表情が消えていく。


「……人、というものはまったく……」

「え?」

「うんにゃ、よくここまで、と、思ってのう……」

「できますか!?」

「近々そのつもりじゃったし、嬢ちゃんの頼みじゃ、引き受けないわけにゃあいかんの。貴陽にもだいぶ長居しすぎたし、そろそろ茶州あたりに行ってみようと思ってたんじゃい」


その言葉に、陶老師はようやく我に返った。

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空中三回転半宙返り土下座
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