力はそういれていないとはいえ、ばっちり拳を叩き込んでしまったらしく、奈津は暫く起きないだろうとのことだ。珠翠さん恐ろしいでぇ。奈津が目をさましたら、やましい関係ではないこときちんと説明するよう珠翠に頼む。
「うーん、珠翠、泣き足りない?」
意地悪く言えば顔を真っ赤にする。うん、もう大丈夫だろう。
「ごめんね、お化粧崩しちゃって」
でも、こっちのほうが、部屋に戻ってきたときよりずいぶんいい顔になっている。もちろん嫌味じゃなく本当に。
「……で、何があったか、話してくれる?」
珠翠は、こくりと頷いた。
櫂兎は話を聞き終え、深く息をついた。
(今日だったのか……)
秀麗が、縹家当主と遭遇する日。櫂兎はまったく日付を把握できていなかった。
「んー……心配するのは仕方ないけれど、気負う必要はないからな、珠翠」
ぽんぽんと頭を優しく撫で、櫂兎は柔らかく微笑んだ。その笑顔に珠翠は安心させられる。つられ、笑った。
「そういえば、櫂兎さんはどういった用事でこちらへ?」
「そうそう、焼き芋持ってきたんだった」
紙袋から二つ取り出し、手渡す。
「奈津にも一つやって、お騒がせしてごめんねって」
「はい」
珠翠は嬉しそうに受け取った。
後宮から、のらりくらりそろりふっと抜け出して、櫂兎は次は何処へ向かおうか思案する。
(執務室? でも今の時間人も増えてきたし冗官が変なところで目撃されるのもなぁ…)
考えごとをしていたせいか、注意が足りず曲がり角から出てきた人影にぶつかる。
「わっ、すみません!」
慌てて頭を下げれば、がしりと首の後ろの襟を掴まれた。両手は焼き芋入りの紙袋を持つのでふさがっている。頭を下げた姿勢のままなので相手の足元しか見えない。
「へ?」
「棚夏櫂兎だな。…ふっ、丁度いい」
「いや、あの……」
何がどう丁度いいのか。ぐいと引っ張られ、どうやら俺は何処かへ連れていかれるらしい。
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