尚書室をちらりと覗き込むと、籠いっぱいの蜜柑をもきゅもきゅと食べている黎深と、それに付き合わされているのか、疲れた顔で蜜柑をむいている絳攸がいた。
「えーと……おはよう?」
いや、久しぶりか? と首を傾げる櫂兎を、絳攸が目をパチクリとさせながらみる。黎深は、櫂兎が勝手に入ってきたことを咎めもせず、それどころか蜜柑を一緒に食うぞと手をこまねいた。
「じゃあ一つご馳走になろうかな」
櫂兎はそういうとあたりにあった椅子を引きずり出してきて座り、黎深に手渡された蜜柑をむきはじめた。
(……何だか、むき方が変だ)
ヘタのない方から四つに割り、ヘタの方からひと固まりずつむいている。綺麗にむけた、と櫂兎は顔をほころばせた。確かにスジがあまり残っていない。
「何だそのむき方は」
黎深が怪訝そうにきいた。櫂兎は何でもない風にこたえた
「正統和歌山むき」
「正統ワカヤマむき?」
「ん、まぁ、名前は気にしないでいいよ。こうすると綺麗にむきやすいんだよね」
「ほう……」
黎深が試しに、という風にやってみている。確かに綺麗にむけていた。絳攸はもう蜜柑は黎深に付き合い散々食べていたので次を食べる気にはなれなかった。
「あ、そうだ」
蜜柑を食べ終えた櫂兎が思い出した風に膝に乗せていた紙袋の中から焼き芋を二つ取り出し、机に置いた。
「よかったら食べて、冷めてても甘いし温めたらまた美味しいよ」
吏部を後にした櫂兎は戸部、工部、府庫へと焼き芋を差し入れに回った。
「たくさん焼いたんだねえ」
紙袋の中を覗きこんだ邵可が、まだまだ芋が残っていることに片眉を上げた。
「んー、結構あったからなー」
「私も今度、落ち葉集めてやろうかな」
「うんうん、焚き火としてもあったかいしなー」
それから、次に何処へ行くか悩み、珠翠のいる後宮に決めた。
後宮へ向かう道は幾らかあるが、どこも人通りは少ない。何せ外朝の人間が後宮に立ち入ることは原則禁じられている上、重要な部署は後宮方面にはさほどないからだ。いつもは女装なり正規の手続きなりして入るのだが、そう長くは滞在するつもりもないのでそのままの格好で向かう。
「あれ、いない」
珠翠の部屋に忍び込んだ櫂兎は首を傾げる。今はいつも室にいる時間帯のはずだが…
机の上の手紙が、珠翠の筆跡なのを確認する。まだ書き掛けで墨も乾いていない。ついさっきまでここに彼女がいたのだ。文も途中で、急な用事だろうか?
何故だか、嫌な予感がした。
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