欠けゆく白銀の砂時計 31
ところかわって、茶州。
影月より先に登城した燕青は、ざっと机案に積まれた仕事に目を通し――ある一通の書簡に目を留めた。


「茗才からじゃん。“邪仙教”ってのはあいつがこんなにかかずらうくらいヤバいのかぁ? ……お、でもやっと戻ってくるのか」


すぐ帰ってくるはずだった茗才から、静蘭の虎林郡視察延期の要請とともに、しばらく留まる旨をしたためた書簡が届いたのは秋の終わり。
理由は、虎林郡で“邪仙教”というあやしげな集団が巣喰いはじめたということだったが。


「……現段階では妙な説法しかしていないから、一時帰城するってか。……茗才が『現段階』ねぇ。相当慎重だなあいつ……」


『こういう信仰集団は軽く見て無視していると、何時の間にか鼠のように増えて手に負えなくなる。かといって何もしていないのにしょっぴくわけにもいかない。兵を置いて地に潜られても困る。つかず離れず見張って、虎林郡の丙太守に逐一報告させるよう要請した』


「……だから静蘭に延期しろっつったのか。まあ、丙のおじじなら安心だけど。……ん?」


最後に、茗才が滞在中に調べたとおぼしき簡潔な調査書が添付されていた。
燕青はゆっくりと目を通したのち、最後の一行で眉を寄せた。


「“邪仙教”教祖――『千夜』?」

「よっ」

「わっ?!」


自分以外いないはずの部屋で、誰かの声がした。


(まさか、誰かいるのか? 俺以外の誰かが――)


気配は全く感じていなかった。恐る恐る目を、声のした方へ向ける。


結論からいうと、自分以外の誰かはいなかった。正確に言うと、自分が二人いた。


「えーぇと、貘馬木?」

「当たり」


にこぉ、と貘馬木は満面の笑みで俺をみた。自分のそっくりさんだとか、何か気持ち悪いと思いながら、燕青は彼がここに来た理由について考えを巡らす。が、思い至る前に本人が口を開く。


「ちょっくら、その宗教団体さんのことに関わりに来たぞ」

「……あんたが出張るほどこいつ等ヤバいのか?」

「出張りはしねーよぉ。ちょっと裏で小細工させてもらうだけで」


貘馬木はそう言って偉そうにドカッと椅子に座り脚を組んだ。やたら態度がでかい。


「ん」


貘馬木は燕青に手のひらを見せるような仕草をする。どういう意味か分からず疑問顔の燕青に貘馬木はやれやれといった風に溜息をついた。


「書類、ほれ貸して」

「あっ、そういうことな」


さっきまで目を通していたそれを手渡すと、貘馬木は鋭い目つきでそれを読み始めた。


「教祖『千夜』か」

「知ってるのか?」

「おいおい、忘れたのかぁ? かの茶朔洵が林家の振りしてたときの偽名、千夜だったろ?」

「――!!」


どおりできいたことのある名だと思ったわけだ。と、貘馬木は机の上にどさりと読み終えたらしい書類を積んだ。そして燕青をビシッと指差した。
いきなりで驚きに染まる燕青にもお構いなしに、貘馬木は真剣な顔で告げた。


「もう一山くる覚悟をしておいたほうがいい。多分次のは州牧就任のときよりよっぽどタチの悪いことが起きるぜぇ?」









(欠けゆく白銀の砂時計・終)


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空中三回転半宙返り土下座
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