黎深の脳内では、『兄上と二人きりのお茶会→万全な準備で臨まなければ→茶菓子といえば最近甘煎餅を食べていない→櫂兎に甘煎餅を作らせよう』となったらしい。何というご都合主義の素敵な思考回路なんだか。
ちなみにここの庖丁厨で材料が揃うはずもなく、しかしお人好しな俺は、黎深の命令という名の頼みを断り切れず、一度家に帰りクッキー作りにいそしむのだった。
何故か家まで黎深は着いてきて、俺が作っている間も居間に居座っていた。
「暇だ」
「帰れよ…」
暇だ暇だと言ってばかりで帰ろうとしない黎深に、「暇だ=何か暇潰しになるものを出せ」という翻訳が脳内で行われたところで面倒くさくなり、囲碁盤によく似た、しかしマスはそれより少ない9×9の――つまり将棋盤を引っ張り出してきて駒の最初の並びと各駒の動き方だけ教えた。とった駒が使えることをきいたとき、面白そうな顔をしていたので暫くの時間つぶしにはなってくれるだろう。
一人二役でうつ将棋はお気に召したらしい。おとなしくなって逆に怖い。
それからだいたい一刻経った頃にはクッキーは焼きあがっていた。完成を告げれば将棋盤から即目を逸らし、脇目もふらず一直線に台所に駆けてきた。子供か。
「左から通常、抹茶、檸檬、蜜柑、南瓜、人参、芋な」
檸檬と蜜柑は皮を予め干して甘く煮たもの、所謂ジャムが常備されているのでそれを使った。
「おおおお!」
黎深は皿に乗った色とりどりのクッキーを見て興奮した様子で手をのばした。
「ちょっと待て」
「ん?何だ櫂兎」
「いや、何だじゃねえし!何自然を装って食べようとしてるんだ」
「ふっ…味見だ」
「一気にがばっと何枚もとろうとしてたやつの台詞じゃねえよ。美味いのは俺が保証する」
「じゃあ毒味だ」
「失礼なこと言ってんじゃねーよ」
要するに今すぐ食わせろ、とのこと。どうせこんなことになるだろうと思っていたため、皿の上のクッキー達はひとまず包んでしまう。不満そうな彼に小さな袋を渡す。
「今食べるのはそっちにしとけ」
袋の中身が開けてクッキーだと分かった黎深は嬉々として食べ始めた。口に物が入っていれば静かになる、黎深を黙らせるのにいい方法かもしれない。…使い道あるかどうかは別として。
「ああ、今日も甘煎餅は美味い」
上機嫌な様子で黎深がもぐもぐクッキーを食べるのに、櫂兎も自然と笑みをこぼした。
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