茶州から戻り、今日も櫂兎は以前と変わらず府庫で書物を繰っていた。
と、視界に陰が現れたと思えば、それは衝撃を伴っておちてきた。
「ぶべしっ」
「うわあぁぁあ――ッ、て、何だ、櫂兎か」
「ああ、ここ、劉輝様の特等席でしたね、今のきます」
劉輝は、櫂兎に気づかぬままいつも座る本棚のかげに腰掛けたため、櫂兎の膝に乗る格好になっていた。
「いや、構わない、このままでいいぞ」
「よくないですって、男性を膝に乗せる趣味はありません」
「そ、そうか…」
そそくさと立ち上がって櫂兎が椅子から退くのを劉輝は待つ。それから座った。櫂兎は卓子の側にあった椅子を持ってきて近くに座る。
「久しく話相手になるのを怠っちゃってましたね、すみません」
「ふっふ、今話してくれれば問題ないぞ」
「それはそれは…しかし、何の話しましょうか」
「まあ待て、まず余が話す。櫂兎は聞いて思うことあったら言ってくれ」
「要するにいつも通りですね」
「…いつも通りだな」
まあ、話をするぞ、と劉輝は櫂兎に向き合った。
「えー、ごほん。あ、茶州といえば櫂兎は一体霄太師と何をしてきたのだ!」
「いきなり質問ですか。そうですねー…霄太師とは途中一度別行動してるんです。まあ、美味しいお団子食べましたよ、懐かしい人と再会したり、新しい知り合いもできました」
「おお、それはよかったな!では別の話…いや、茶州つながりのある話だ。これをみてくれ」
劉輝はぺらりと懐から紙を取り出した。
「なんですか?」
「これは秀麗からの、無事着任式を終えたという文で、10日ほど前に届いた。
で、問題はここからなのだ」
「……と、いいますと?」
朔洵関係、だろうか。櫂兎の表情が真剣になる。劉輝は、ごく真剣な顔で文に鼻を近づけ――嗅いだ。
「くんくん…もう、秀麗のかおりがしないのだ」
櫂兎は盛大にずっこけた。
「そ、そこですか!」
「届いた最初は秀麗の香りがしたのだぞ?そこもなにもこれ以外になにを考えることがある?!」
櫂兎にはもう、「内容だよ!」というツッコミをする気力はなかった。
「くんくん…はぁ……秀麗、秀麗、しゅ〜れ〜ぇ」
「それは…まあ、よかったですけれど、香り、残念でしたね」
むしろ残念なのは嗅いでる劉輝の方かもしれないとすら思う。
「ああ、そして秀麗からはそれから文は届いていないのだが、昨日、別の人からあるものが届いたのだ!誰だと思う?」
「え、何でしょう……吏部尚書から呪いの藁人形とかですか?」
「そうそうとびきり黒々しくて怪しいお札が貼ってある…ってちがーう!違うぞ櫂兎!」
ぷんぷん、と劉輝は頬を膨らませた。
「正解はあにう…………静蘭から筍が送られてきたのだ」
「おお、それはそれは。煮物や炊き込みご飯、いいですね。よろしければお作りしましょうか?」
「それは真か!」
さっきまでのむっすりとした顔は一瞬で上機嫌の笑顔に変わる。
「ええ、とっておきの筍料理振る舞いますよ、いつにしますか?庖丁厨お借りできるならいつでも構いません」
「ふむ、だが一人で食べ切れる量でもないからな。…そうだ、筍料理の食事会を開こう」
「え?」
「規模はそう大きくなくていい、櫂兎も知り合いを呼んでいいぞ。親しい者で集まって、食事会を催すのだ」
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bkm