邸の中は、もぬけの殻という形容に相応しかった。
「――これは一体、どういうことだッ!」
生活に必要なものが、ごっそりとなくなってしまったようで。そう、それはまるで櫂兎の生活空間それだけがぽっかりと抜けてしまったようだった。それをみて思われるのは必要最低限の荷物をまとめ、出ていってしまったのではないかという可能性それだけだ。
「櫂兎がここのところ出仕していなかったのは、もしかすると貴陽出ていってしまったから…か?」
ぼそり、と鳳珠の口にした言葉に黎深は肩を跳ねさせた。
「そん…な、ことは、そんなっ……私のせいなのかっ?!」
苦渋の顔で震える拳を黎深は壁に叩きつけた。
「一体、どうしろというんだ…!一体どうすれば…」
しゃがみ込んだ黎深に、鳳珠は言った。
「貴陽を出るのに関所は必ず通る。もし貴陽に櫂兎がいなければ、いつ出たか記録されているだろう、それに他州に向かおうとしているならばその州への入州手形があるはずだ。うじうじと言っている暇はない、調べるぞ」
調べ、黎深たちが得た情報は、櫂兎が貴陽を出た記録はないということだった。
「まだ中にいるだけが救いか」
せめて地区まで分かればもう少し調べようがあるが、それ以外目撃情報などはさっぱりなのだ。
「これからどうするつもりだ」
「……くまなく探す、影を総出させ、情報と足取りを得る。早ければ明日朝にでも居場所が分かるだろう」
そうして黎深たちはその場を去った。
――予想とは裏腹に、櫂兎の居場所は次の日、昼頃を過ぎても全くもって情報一つ得られなかった。
「話が違うではないか」
鳳珠の言葉に黎深は静かに首を振った。
「……いや、ここ近頃のこと思えば、こんな結果になることも予想出来たはずだった。時間を無駄にしたッ」
「どういうことだ?紅家の力をもってして見つからないというのはやはり貴陽外に――」
「違う、お前にも一度言ったことがあるだろう。影に追跡させても何時の間にか撒かれる、居場所はいつも掴めないと」
思い出した今となっては、それが「櫂兎だから」で納得できる。掴みどころがない彼らしいとすら思えてくるのだ。
「だから貴陽に居ないのではなくて見つからないのだ、こういう時に限って…」
黎深は舌打ちをした。手を煩わせてくれる。こちらは忘れていたのだから仕方がないのだ、どうしてその状況で愛しい兄や養い子の周りにあんな不信人物を置いておける?
――彼にかけた言葉。それに、何故か言った自分が痛み感じていることに、黎深はまだ気付かない。
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bkm