黎深は意外にも、文句はあれど不平不満は言わなかった。邸が近付いてきてからは、鳳珠に手を引かれずとも邸の方向へと歩きだす。歩き方はカチコチと、右左手足が同時に動くため違和感を非常に醸し出していたが、鳳珠は笑わず側にいた。
門戸の前に着いた黎深は、取っ手に手をかけ思い切り力をいれた。
が、門戸はびくともしなかった。
「門、あいていないではないか」
「……流石に時間が遅かったか、もう寝ているやもしれん。明日だ明日、出直すぞ」
「……ああ」
鳳珠は黎深をじっとみた。
黎深は、来た道を戻りながら、何かをずっと考えているようだった。
(思い出したら殴ってやろうと思っていたが……こいつがこんな様子では気が変わってしまうではないか)
ただ、文句だけは言いたかったので、一言だけ口にした。
「確実にお前が悪いからな」
「……忘れていたんだ、仕方がなかろう」
「…………」
その『今の今まで忘れていたこと』自体が問題かつ反省すべきことなのに、それは分かっていないらしい。
鳳珠は深い溜息をついた。
「……朝か」
ぱちり、と目を開いた櫂兎は、すぐに身を起こし朝餉の準備をはじめた。
「味噌汁味噌汁〜」
鼻歌をうたいながら鍋を混ぜていると、それを起きてきた邵可が覗きこむ。
「いい香りがしてるね」
「お、おはよ邵可」
「何か手伝うことはあるかい?」
にこにこと訊いた邵可に櫂兎はそうだなと上を向いてから答えた。
「ま、座っといてくれたらいいかな」
食事に関しては関わらないこと、それが一番有り難い。
朝餉も美味しく食べたところで片付け、昼食用の饅頭を邵可に手渡し見送った櫂兎は、荷物をまとめるため一旦自邸へと戻った。
「食材系は全部持って行くとして、地下の米は…うーん、まあ置いてていいか。庭の芋は抜いて行くだろ、それからそれから…」
思いついたものを揃えていき、全てがまとまったところで手を止めれば、それらはかなりの大荷物になっていた。
往復するのも面倒になり、全てを抱えて両手埋まった状態で櫂兎は邵可邸に向かったのだった。
邸について荷物を借りている部屋へと運び込み終えたところで、今度は昨日も今日も中途半端に散らかったままになっていた台所へ立った。
大学芋を作る前に、片付けをした方がよさそうだった。
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