邸の中は外の比にならないほど、茶のにおいが充満していた。
「ついこの間まで玖琅が来てくれてて、食事を作ってくれてたんだけれどね、あの子も忙しいだろう?私の世話ばかりさせるわけにもいかないし帰って貰ったんだ」
「……うん?それいつの話?」
玖琅が忙しいのはよく分かるが、だからこそ秀麗ちゃんや静蘭が茶州へ向かってからずっと邵可のところにいるとは考えづらい。
「一月前」
櫂兎は無言で殴ろうとしたが、避けられ空振った。
「危ないじゃないか、櫂兎」
「危ないのはお前の体調だよ、むしろ頭だ。じゃ、この一月どうしてたわけ?」
「それは……まぁ、その……」
邵可は言いづらそうに目線を彷徨わせた。
「怒らないできいてくれるかい?」
「怒りはしないけど、叱る気がするなぁ」
確実に外食なり不健全食生活してる気がする。
「自分で作ろうとしても何故焦げたり爆発してね。散らかすのも悪いから、ほとんど何も食べてなかったんだ」
「なまじ体力あるからってこんなところでそんな耐久生活してんじゃねえよ」
一ヶ月0円生活かこのやろー。
俺が茶州に行く前、何から何まで世話しすぎたんだろうか、生活力やら自立するだけの力がなさすぎるぞ、邵可。
「何なんだ馬鹿なのか?
っあー、もう、取り敢えず邸入れ、んで、俺に夕餉作らせて。っていうか作るから、何言われどう止められようが作るから」
まだ外食の方がよかった、と言えば邵可はお金がかかるじゃないかときょとんとした。その顔をみるとまた殴りたくなった。
そして、台所は全滅だった。
「食材ない覚悟はしてたけど、まな板に包丁を垂直に刺してるんじゃねえよ……」
もちろん床には何故か茶葉や茶葉や茶葉が広がっており、足場がない。
……茶葉を思い切り踏み躙って気を済ませてから、櫂兎は少しずつ片付けしだした。全て綺麗にするのは無理そうなので、必要最低限にだけ留める
粗方片付けたところで、一度邵可に声をかけ邸を出た。向かうのは自分の邸だ。買い出しに街に行くには、もうだいぶん遅い時間になってしまっている。無理いって店開けてもらうより、自宅にある今晩用の食材を持って行った方が早い。
ついでに泊まりに必要な荷物をまとめ、背負う。邵可に自己管理、食事作らせるというのは無茶だ。かといって逐一作りにいくのも面倒。
「ってわけで、暫くここに住むから」
「私は君の手料理を毎日食べられるんなら嬉しいところだし構わないけれど、君、いいの?」
「ん?何が? 特に訪ねてくる奴なんていないだろうし」
自分で言ってちょっとさみしくはなったが、事実なのでへこみはしない。俺の邸の場所知ってる知り合いというのは結構少ないのだ。
明日あたりには最低限の荷物こちらにうつしてしまおう。
秀麗ちゃんが貴陽に戻ってくるとしてそれは朝賀頃だろう、まだそれまで長い期間がある。その間邵可が一人で自分の食事をきちんとするかどうか考えれば、答えはすぐ出てくる。うん、無理。だめ、放っておいて野垂れ死なれたら後味悪い。俺はひとりご飯のさみしい思いしなくてすむし、一石二鳥のいい考え。
「……断じてさみしいのは歳のせいじゃない」
「うん?どうかしたの、櫂兎」
「いや、何でもない」
櫂兎は頭を振ってそう言ってから、夕餉の準備に取り掛かった。
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bkm