貘馬木自身もトロッコに乗り込もうとしたところで、ふと思い出したように櫂兎は言った。
「冬頃、石榮村で一波乱あるかもしれません。変な宗教団体に捕まらないようにだけ気をつけてくださいね」
「石榮村……あの辺境の地で? 宗教利用して土地の人間味方につけても武力にはならねぇだろ。それとも人質か?地形は攻め入られにくいかもだがさぁ」
「いえ、一波乱というのは人為的な戦いとかではなく、奇病です。しかも治療法が特別な」
「……それは予測か、それとも確信か?」
貘馬木の瞳を櫂兎は真っ直ぐにみた。
「確信です。この間村を訪ねてそのことについて話したので、多少規模は小さくなるでしょうが、完全に防げるとは思っていません」
「…………」
貘馬木は、彼の瞳の中に何があるのか見極めようとして失敗する。――直視するには深過ぎた。一見透き通ったすみれのようでいて、底のない海だった。正面から向かえば、呑まれるしかない。
「理不尽」
貘馬木はそうとだけ言った。
それは櫂兎の確信に対してか、それともその話が現実にこれから起こりえるであろうことを受け入れるしかないことへか。
「で、俺は何をすればいいワケ?」
貘馬木の問いに、櫂兎は目を丸くした。彼のことだからきっと静観決め込むと思っていたのだ
「何かしてくださるんですか?」
「危なくなけりゃーな」
「………本来、これはおびただしい数が死ぬような疫病なんです。ただ、寄生虫が原因なので池の水など煮沸すれば予防出来ます。ですから私が石榮村付近を訪れたとき、水を使用するときは煮沸するよう言い回りました。これでかなり防げるはずなんです、防げてしまうんです」
「いいことじゃねえかよぉ」
「問題は、朝廷の対応です。危険性は高い奇病、国が動く必要のあるだけの疫病であるのに、被害規模小さければ軽くみられてしまう。本来朝廷が動いて助けられるはずだった命を、事前に防ぐことを優先したせいで失うかもしれないんです」
貘馬木の唇は弧を描いた。
「馬ァ鹿、安心しろ。何のために官吏がいると思ってやがる」
貘馬木はそう言って人差し指で櫂兎の額をツンツンと突ついた。
「それとも何だ、棚夏お前その疫病が起きるとして、それを事前に知ってるお前は全部の命救えるだなんて大それたこと思ってんのか? 現実はそんな甘いもんじゃねーよ、絵空事じゃあるまいし」
知ってようと何もできないことだってある、と貘馬木は言った。
「ま、俺はそれじゃ裏側にちょーっと、ほんのちょっとだけ手を貸してやんよ。誰にも気付かれず分からない程度かつ、効果あるようになー」
「……貴方本当に貘馬木殿ですか」
櫂兎は心底疑いの目で貘馬木をみた。しかし、目の前の貘馬木は、どこからどこまでも貘馬木だった。
「元上司のよしみだってのォ、タダなんだから人の好意は有難く貰っとけ」
「……ネガティブオプション」
「あとで請求書なんて送らねえよ、それともこの素敵で無敵な人生の先輩にして元上司の俺がそんな人間にみえる?」
「見えます」
拳骨で頭殴られた。結構痛かった。
勢いよくトロッコが走り出したところででごろりと寝そべった貘馬木はふと呟いた。
「何であいつ自然発生で予測不可能な疫病が確実に起こるだなんて分かるワケ?」
まだ起こったわけではないから、それが真実かどうかは確認する術なんてないし、そんなわけで『分かる』なんて表現は現時点じゃ使えない。が、彼の言うことだ、確実にそれは起こるのだろう。
(何でそう言えるのか、だよなぁ)
そう、それではまるで――
「未来を知ってるみてえじゃん」
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bkm