原作寄り道編 15
「目、見えなくなったってきいたけど」

「ああ、見えないね。お陰であんたの顔も見ないで済む」


この刺々しさも久しぶりだなと貘馬木は懐かしさに目を細めた。


「俺のことは分かるんだ?」

「口調や雰囲気が変わっていようと、どれだけ笑ってみせようと、本質的には変わっちゃいないさ。あんたはどこまでも貘馬木梦須でしかないよ」

「……ふうん。おばさんは変わったねえ」

「見えるものも変わりゃあ世界も変わるさね。ましてやほとんど見えないんだ。変わるのは必須だろう?」


見えることだけが全てでもないしね、と彼女は笑った。


「だいたい私を『おばさん』だなんて呼んでおいて、気付かれる気満々だったろう」

「あは、ばれた?」


こんな偶然あるものではないと、ついうきうきして話しかけてしまったのだ。貘馬木は一族の者は基本嫌いだが、この叔母だけは母の次にそれなりに好感をもっていた。


「……幸せそうで、何よりだ」


叔母をみて、貘馬木はぽつりと言葉を零した。


「ああ、彩雲国一の幸せ者だよわたしゃあ」


かっか、と笑った彼女を見て貘馬木は口をへの字にする。


「彩雲国一、いや、世界一の幸せ者は俺だってのー」

「あんたが?」


片眉上げ訝しむ仕草され、貘馬木は顔を顰める。


「信じてねーな、こうみえていっとくけど綺麗な嫁さんと可愛い娘いてほのぼの幸せ満喫してるんだからなァ!」

「そりゃまあ……驚いた。あんたが『幸せ』なんて単語吐くとは…はー、何があるか分からないもんだねぇ」


ああ、でも、一番は譲らないよと彼女はまた笑った。


「さーて、帰った帰った。もう顔見せるんじゃないよ、縁切り者」

「おばさんだって縁切られた癖に」

「はっ、わたしゃ切ってやったのさ」


もともとあって無いような縁だからねと彼女は表情をにやりとさせる。。
――彼女は貘馬木に嫁いだ己の母の妹、貘馬木家の血は元から流れていない。嫁ぐのに一緒についてきては、母が亡くなった途端、彼女から連絡を断ち、一族を出ていった。


(一体どういう理由かは訊かないけどさぁ…二度と会えないとか思ってたし、結構俺は会えたこと喜んでるってのにぃ……冷てえやー)


叔母からすれば、縁を切られた身ながらも、未だ貘馬木名乗る己は嫌悪対象なんだろうか。


「……まあ、いいや。んじゃ、もう会わないようにそれなりに気をつけマス…」


貘馬木は小さく息を吐いてから、彼女へと背を向け、去ろうとした。


「梦須」

「……はい」


彼女に名を呼ばれるのは久しぶりで、勝手に背筋がしゃんと伸びた。


「縁は切られようが流れる血はなくならない、あんたはいつまでも私の甥だよ」

「……っ、酷えや叔母さん。そんなこと言われたら貴陽に偶然来た時に偶然街中で偶然遭遇するような偶然が起きちゃうじゃん」

「ふ、ははは! 偶然か…偶然なら仕方ないねえ。そうならないことを祈ろうか」


至極愉快そうに彼女は笑い声をあげた。


「俺はそんな偶然に期待しておくよ、今日みたいな偶然に」


(……いや、今日のはきっと棚夏効果だ)


彼女が八百屋をしていたとして、櫂兎が本日先程の時間に訪れていなければ、貘馬木は八百屋の女性店員の顔などよく見ずに通り過ぎてしまっていただろう。むしろ櫂兎が貘馬木と実は縁ある八百屋の女性店員と知り合いであったことに、不自然なまでな自然さで櫂兎らしいと思わされたのだった。

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空中三回転半宙返り土下座
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