想いは遥かなる茶都へ 05
「くそう……数ヶ月かけて練習した邵可の似顔絵でも揺らがないとは。……いや、使い方だなこりゃ。ふふ…ふふふ、こうすりゃ黎深も――」


その日の夜、櫂兎の部屋から高笑いが聞こえたとか聞こえなかったとか。








次の日の書状の、邵可の似顔絵は一味違った。吹き出しが添えられ「捺してくれるね、黎深」と書いてある。にこにこと微笑む邵可と見つめあい、だらけた笑顔になった黎深は印を手にする。


「兄上……あぁにうぇぇええ、いま捺しますからねぇぇええ」


兄の優しい顔に手を震わせる。黎深は深呼吸して思い切り印を持ち上げた――が。その勢いで、つるりと手から印が滑り落ち、そのまま窓の外へ飛んでいった


外に飛んで行った印を見た黎深は正気に戻り、また邵可似顔絵コレクション増やしては他の部分を塵に変えた。








翌日の書状には、邵可の似顔絵が散々散りばめられていた。流石にこれでは細切れにはできず、しかし本文を書く場所がなくなったのか「おやすみください」としか書いてない。しかも印を捺せば邵可の顔にかぶるため、黎深は捺さず迷わずそのままコレクション追加した。


「くっ、万策尽きた――俺は、負けた…のかッッ?!」

「はいはい、どうでもいいけど府庫では静かにね」

「邵可から一言やら一筆あれば……」

「それじゃちょっとズルくない?」

「だってこれじゃ俺報われなさすぎ!」


ダン、と卓子を叩いて櫂兎は卓子に突っ伏し脱力した。邵可は、声大きい櫂兎を咎めようとも思ったが、他に人もいないので苦笑するだけにとどめた。


と、府庫に気配が近付く。邵可も櫂兎も口を噤んだ。


「あ・に・う・えー!」


その沈黙を破り府庫に突入してきたのは…まあ、噂をすればなんとやらの黎深である。


「尚書! お仕事はどうされたんですか!!!」

「ふん、棚夏か。案ずるな、元々お前が渡したのではないか」


そうしてバッと懐から出されたのは、今日出した邵可の似顔絵散りばめた「おやすみください」の書状。


「休みが欲しいのは私ですッッ!!」

「だがここには『おやすみください』とあるぞ? …私に休めという意味だと思ったのだが」


黎深はそうしてにやり、と嫌な笑顔を浮かべては扇子で口元隠し、櫂兎を見下ろした。


「と、いうわけで私は兄上とゆったり休養する。もっと言うなら兄上とお茶飲んで兄上と饅頭食べたい!」

「いっときますけど、今日のお饅頭は私の作ですからね」

「ぬぁぁああにいぃいい!? 兄上がお前の饅頭なんぞを口にされるだと……? 断じて許せんッ!」

「残念ながら、秀麗ちゃん一行が茶州へ出発してここ一月、生活能力ゼロの邵可の食事家事その他色々の世話は私がやってます。毎日私の手料理です」


誇らしげにふんと鼻ならす櫂兎に黎深は怒った。


「兄上ぇ!こいつなんかの世話にならず私の邸にいてくださいっ!」

「あはは、黎深。世話になってるのは僕だし、彼のご飯は美味しいし、秀麗たちがいないからって邸を空けるわけにはいかないよ」


苦笑いで邵可が言うのがまた気に入らず黎深は拗ねた。


「棚夏、執務に戻れ!」

「尚書がお仕事なさってください!私の仕事はありません!」

「知らん!仕事なんぞ誰のものでもいい、その辺のをしておけ!」

「……」

「ちょ…櫂兎……?」


むすーっと不機嫌な顔浮かべた後、櫂兎は戸惑うように止める邵可を気にも留めず、府庫を憤然と出て行った。


(兄上と二人っきり…!)


黎深はというと、そればかり思ってはるんるん気分で兄の側に座った。

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空中三回転半宙返り土下座
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