価値などない。その言葉にさぁと心が冷めていくのがわかった。
――ああ、その通りだろうよ我儘大王。気が合うな、俺も丁度評価しすぎてたと思ったところだ。
「吏部侍郎の付き人付き人いいますけどね、なら彼に吏部侍郎の仕事をさせてあげてください。いつまで絳攸に吏部尚書のお守りさせる気なんですか貴方は。
私は『吏部侍郎の付き人』であって『吏部尚書のお守りの付き人』じゃありません、よって私の付き人としての仕事が無いんです」
今の黎深の中で価値あるのは、吏部尚書のお守りの付き人――いや、吏部尚書のお守りのお守りでしかない。
ちぃ、と口端を歪め黎深は扇子をバチンととじ、ビシイと櫂兎に突き出した。
櫂兎はそれに全く動じず、真っ直ぐに黎深をみる。
先に折れたのは黎深だった
「私の仕事を手伝え」
「自分でできるものを他人がするのは『手伝う』とは言いません」
「ならば貴様に仕事を与える。『吏部を機能させろ』」
これで満足だろうといった風に黎深は笑った。
次の瞬間、黎深は何が起こったかわからなかった。左頬がジンジンと熱をもっている
「それはお前の仕事だろう!?
ああ、頬を叩いたこと、謝る気はさらさらない。これはあのとき止めた分だからな!」
そうして尚書室を櫂兎は出て行く。黎深は『あの時』に首を傾げるが、分かる筈もない。
それよりも不条理に叩かれたことへ湧き上がる怒りに、黎深は氷の仮面を被った。
「こんなの、俺の八つ当たりだ。」
膝を抱えて櫂兎は呟く。
絳攸に対して不器用なのは、知ってたのに。分かってたのに。仕事しない黎深に、そのうちだんだん絳攸も諦めに近い風に黎深に接するようになったのは、楊修にきいていたのに。
それもあったのだろうけれど。きっと一番の理由は、彼がずっと口にした『付き人』、それ。
ただ、新たな関係として彼と少しずつ距離の縮まるたび、あの近くで笑っていられた頃にいつか戻れるような気がして。いつまでも待てるような気がした。
実際はただ、彼の大切な養い子の『付き人』だからという理由で。彼にとって自分はいつまでも『愛しい養い子の雑用係』でしかなくて。彼にとって今の自分じゃ『友人』になり得ないのに。
――いくら待って、待って、ずっと待っていても。黎深はいつまでも思い出さない。
彼に『忘れ去られた』、彼は『思い出す気がない』
それを、ただ認めたくなくて。
「……っくぅ、何で…こんな、悲しいんだよ」
戻れないくらいなら、いらないと思ったから、衝動的に壊して、去って。待つこと諦めようと…した。のに、
そんな今も、辛くて。縋っていたかったと後悔している。
「あんな我儘大魔王なのに、あんな自己中人格破綻なのに、あんな、あんな…馬鹿なのに」
――何であいつと、こんなにも一緒に居たいと思ってるんだろ。
俺は、とっくの昔にでているその答えを見ていないふりして背を向けた。
(思い出が許してくれないんだ)
(だって『こんなの』でも友達だって)
(『任せといて』って、言っちゃったもんな)
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