吏部に変化が訪れた。それは、誰もが望んでいた変化――ではなかった。
「棚夏櫂兎、彼の者を冗官処分とす」
吏部を出ていった彼は、そのまま二度と帰ってこなかった。
――怒声、愛想尽かし――吏部尚書と衝突した吏部の官吏が一名、冗官処分を受けた。
きいたとしても普通、疑問抱く者はいまい。春の蔡尚書の一例を知る者ならば、それはどこの怖いもの知らずだと吏部尚書への恐れ募らせるなり何なりだろう。冗官となった官吏を知らぬ者たちの間なら、噂にすらならないかもしれない。
しかし、だ。
彼、棚夏櫂兎を知る者、特に同期達の間の反応は『一官吏が冗官処分を受けた』などというものではなかった。
「あの馬鹿は……ッ」
ガタンと机揺らし立ち上がった鳳珠に、柚梨は慌てた。
「鳳珠、」
「これが黙っていられるか! あれを見て櫂兎が怒鳴るのも当たり前だ!」
「しかしあの尚書室で、どんな会話があったのかは、誰にも分からないのですよ」
「そんなもの、あの馬鹿に吐かせればいい話だ」
とめる柚梨の話も聞き入れず尚書室をでていき、吏部に向かおうとした鳳珠の前に、ひとつ影が立ち塞がった。
「おい、」
「飛翔、……お前もきいたんだろう?」
「ああ。っていうか、吏部出ていってすぐの櫂兎に会った」
鳳珠は目を見開いて飛翔に詰め寄った。
「何をきいた!?」
「ちょ、ッるせーから耳元で叫ぶなっつの。
……あいつさ、何にも事情だとか黎深とどんな話したとか言わねーの。ただ、『黎深を責めるのはやめてくれ』とだけ言われたよ。それをお前にも伝えろってさ」
「……そんなこと、言われたところで今回のことは納得できることじゃないだろう」
「ああ、俺もそう言ったね。だけどあいつ、俺が悪いからっつって」
「そんなわけないだろう!!」
飛翔は頭かき、顰め面でひとつ溜息を吐いた。
「そう思うのは勝手だけどもさ、俺らは結局、あいつが黎深と何話したかは知らないわけだろ? わかんねーじゃん、そんなの」
唸り黙った鳳珠に、飛翔は「そういうわけで」と手をあげる
「…………何処へ行くんだ」
「工部に戻る」
「はっ、よく平然と仕事できたものだな!」
吐き捨てた鳳珠の胸倉を飛翔は掴んだ。
「あぁ?! できるわけねーよ! 自棄酒だっての!」
こんなときに仕事なんて出来るかよ、と飛翔は苦い顔して言う。
「あいつは…櫂兎は、俺らの立ち位置を分かってんだよ。一官吏が他の部の尚書級に特別扱い受けて、吏部にほいほい戻れると思うか?出来たとしてそれで誰もが黙ってるわけねぇ。だってそれは、俺らの我儘だろう?」
「それは……、………。」
「黎深が理由なしに我儘ひとつで辞めさせるのも、他の奴らからしたら普通、信じられない。ま、俺は十中八九…いや、十割黎深が悪いと思うがな」
「それには同感だ」
大きく鳳珠は頷き言った。
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空中三回転半宙返り土下座
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bkm