漆黒の月の宴 35
「ああ、ところで全部終わったら英姫さんのところに行く、ってのは行ったの?」

「うっ……」


明らかに顔顰めた霄太師に櫂兎はにやにやと笑う。こんなに彼が英姫に弱いとは知らなかったのだ。いつもは食えん狸も、今はからかい甲斐のある奴である。


「英姫さんは平手を何度も打つに金五百」

「……行くの、やめたいな」


霄太師はそう言って憂鬱に顔染めた。


「話があるんだろーが。そのために態々ここまで来てるってのに、いかずにどうするんだよ」

「……この前訪れたとき、かなりの覚悟して行ったんだぞ、なのに話は後で聞くだなんて」

「そりゃあ、聞いてもらう身だし?」

「……絶対平手されるに金千両」

「賭けになんねぇじゃん」


あははと笑った櫂兎を霄太師は睨んだ。


「他人事だと思って」

「だって自業自得、因果応報ってやつだろ?」

「…………ああ」


静かに瞠目した霄太師に、櫂兎の漏らした小さな声が届くことはなかった。


でもその辛さには、少し同情する






仕事も全て一段落し、久々に邸へと戻った凛は、見えない顔に眉根を下げた。


(そうか……季節はもう秋だ、彼は帰ってしまったというわけか)


彼の借りると言っていた馬はかえってきており、置き手紙には貸しにそぐわない返済金が積まれていた。


「……飛馳をそれだけ高く評価してくれた、というわけかな?」


それならば見所ある彼らしい、ただ金を積むだけの連中とは毛並みも違うわけだ。余計に、嫌がらせにも似た彼を試す自分の所業に、少し自己嫌悪した。


「よー、凛。帰って来た頃だろ」


聞き慣れた声に振り返った凛は、見たものに唖然とする。


「……あの、弟の顔でそういうことはやめてもらえないか」

「おう、家人さんも混乱してたしな」


弟の顔をしながら、女装中の貘馬木梦須は、女の身からしても惚れ惚れするくらいに化粧を綺麗に施し、服もばっちり着こなしていた。


「親しいやつら以外は絶対凛と間違えるな。また彰にやらせてみよー」

「……やめてくれ」


弟はやけにこの人に弱い。まあこの人相手で強い人なんていないとは思うが。凛はどちらかというと苦手であり、彼に尊敬の念を抱く弟の気がしれなかった。


「それより凛は危機感持つべきだぞー。家人さんが俺を彰だって見破ったとき、何て言ったと思う?」

「……何です」

「『凛様がそんなご格好なさるなんて…いえ、貴方は彰様ですね』」


言われた言葉を、ばっちり声まで再現してみせた貘馬木に、凛は心中穏やかでなく、しかし表向きは綺麗に笑ってみせた。


「その声…燐果か」


それから暫くの空白の後、凛は問いかけた。


「ねえ、梦須。もしかしなくとも弟が女装する方が、私が女らしく着飾ることよりあり得ると思われてるのかな」

「うん」


ガックリと肩落とした凛を、貘馬木はぽんぽんと肩たたいた。

35 / 37
空中三回転半宙返り土下座
Prev | Next
△Menu ▼bkm
[ 戻る ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -