着任式の華やかな騒ぎを遠くに聞きながら、茶克洵はせっせと書き物をしていた。これから、茶家当主としてするべきことが山ほどあった。が、要領が悪いので、なかなか進まない。
「――ッ、いけない」
何時の間にかうとうとしているうちに眠ってしまっていたらしい。慌てて今回の茶本邸での出来事の書類整理に戻ろうと、山になっているであろう書類たちに目を向けて――見たものが信じられず瞼を擦ってはぱちぱちと瞬きしてみた。
「おっ…終わって、る?」
机上にあった今回のことの書類は、きれいさっぱり処理済みの上、分類まで終えられていた。
そして書類整理し始める前にはなかった手紙が一枚。
『後悔した後、またやり直すこと、それはとても難しくて、上手くいくとは限らないけれど。何度でもやり直して、何度でも挑戦すれば、きっといつか出来るようになることでしょう。鴛洵を越えることも、夢ではありません。頑張って下さいね、新たなる茶家ご当主様
追記、書類整理は勝手ながらご当主就任の祝いにさせていただきました。気を詰めすぎず、ゆっくり頑張って下さい』
「御名前が添えられてないなんて……」
誰かも知らぬが親切な御仁もいたものだと素直に感謝すべきか、自分がすべき仕事だったのにと思案すべきか、複雑な心地の克洵はしばらく瞑目する。それから、まだまだ残る床や他の部屋の仕事を思い出しては、休む暇もないと筆をとった。
「あれでよかったのか?」
霄太師の問いに櫂兎は軽く頷いた。
「俺が鴛洵に後は頼まれてたけど、それって別に茶家や茶州を俺にどうにかしてくれってことじゃあ、ないだろう?
俺はただ、任された『後』がどうなるか見届けたまでで、さ」
そりゃあ、俺が出張らなきゃいけないほどだったら、俺も気合いれてやるけれど、と櫂兎は笑う。
「元々、俺が居なくても、なるようになってるんだもん……」
「……、………。」
その言葉と表情に、霄太師は何か言おうとして、失敗した。
「それよりぎもぢわるい」
屈み込んだ櫂兎に霄太師はほれみたことかと笑った。
「阿呆、調子にのっとるからだ」
「うん…素直に貴陽帰ってすぐ寝る。三日くらい?」
「半月ほどだろうよ」
思いっきり顔を顰めた櫂兎に霄太師はひょいと何か渡す。
「その札を千切って灰にして飲んでろ、それで三日だ」
「――〜ッ、瑤旋えぇえんっ! 俺、お前のこと性悪化け狸の妖怪爺だと思ってたけど百八分の一ほど見直したりもしなくもないかも!」
「……その札返せ」
「嫌!」
へへんと笑った櫂兎に霄太師は溜息をついた。
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