そこで初めて彼を正面から見て――絶句した。
「俺、一年単位で身体の成長が巻き戻るんだけど、もしかしてそれを使えば、俺的には一年経てば何も減らない状態に戻って、朔洵への何か供給も半永久的にできちゃったりしない?」
「お前のを使うと器が壊れる」
「そっか」
こんなこと――人間にあり得るはずがない、仙ですら永い刻生きたとして同じ刻を繰り返すことはないというのに、こいつは――
「朔洵の身体、大事にしてよなー」
「それを決めるのは私ではない」
「……甘露茶より防腐剤持ってくるべきだったかな」
顎に手を当てた彼は、それからパッと手を振った。
「まあ、それなら俺にできることもなしってことだし。それだけがずっと気になってたんだ、ありがと」
それじゃあと手を挙げた男は、何をするでもなくそのまま何処かへ消えた。
「……全て終わった、か?」
茶本邸の騒がしさも収まった頃、邸の裏口出た貘馬木は、留めた髪外して揺らす。少しあがった息を整えながら、塀を背に前髪をかきあげた。
「月のない夜、か。茶朔洵にはある意味お似合いかな」
それから不意に近づく人の気配に首を傾げた。
「宝物抱えて何処へお行きなんですか、お嬢さん方?」
彼の灯した小さな明かりに照らされたのは、金品抱えた初老の女と老婆二人。怯えた風に後ずさる彼女らに貘馬木は言う。
「宝物は置いて行った方がいい、でないと欲に『溺れ』るだろうから」
「誰が手放すものか!」
そのまま必死の形相で走っていった二人の行く方向へ目を向けて、瞠目する。
「……親切心だったのだけれど」
彼女らの走り行った先は、深い川。程なくして、ぼちゃんと何かが水面に落ちる音がした。
一つ溜息をついた貘馬木は、持っていた明かりで懐からだした煙管に火を点けた。
「……あー、家出てからずっと禁煙してたのに。帰ったら沙羅に『とーさまくちゃい』って言われるぅ」
渇いた笑い声こぼし、貘馬木は一つ息を吐いた。
なれないことはするもんじゃない、今日はもう帰ろう。愛する妻と愛しい娘のいる家へ。
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