そのまましゅんとした櫂兎に、耳栓をやめた霄太師は深い溜息をついた。そんな彼に対し、不服そうな顔を櫂兎は向ける。
「二号が行っちゃったじゃんかよ」
「何だそれは…」
「それは、こう…あれだよ、反骨精神の塊でお米さんに謝れな……おにぎり?」
あれ? 二号の正体って実はあまりよく分かってない。まあ、あれだ、人ではないよな。……まっくろくろすけの仲間だと思う。
「まあ無害そうだしどうでもいいが」
「さらっと酷いな」
「お前も学習せんな…国試のときので身に沁みたんじゃなかったのか?」
櫂兎の言葉もさらっと無視で霄太師は言い放った。
「国試のときって?」
「……お前また寝込みたいのか?」
「嫌だ。……ってことは、やっぱりこの黒いでろんでろんなどろどろはそういうヤツなんだ?」
二号が消えた方向は、さらに濃い闇広がっている。仲障の亡骸の周りにも静かに集まりつつある、それ。
「でろんでろ……まあ、いいが。そんなところだな」
霄太師はそうして顎に手を当てた。
「寝込みたくなければ素直に帰れと言いたいところだが」
「残念ながら、俺は鴛洵に後を頼まれてるんでな、帰るわけにはいかないよ」
俺が頼まれずとも、後を継ぐ者はそろそろ意志を固めた頃だろうけれど。
霄太師は静かに櫂兎を見つめ、それからぽつりと言った。
「知って、いたのだな」
「ん? ……ああ、そりゃあの優しい優しい鴛洵が、仮にも血の繋がりある奴ら殺すなんて真似できるはずないだろう」
自信たっぷりに言ってのけた櫂兎に、霄太師は何とも言われぬ顔をした。
(こいつの、こういうところが羨ましいと何度思ったことやら……)
「ところで二号の転がった方向って、何があるんだ?」
何時の間にか手元に、彼のたまに読んでいる冊子を持って彼は訊く。転がりいった先――それは先程茶春姫と紅秀麗の向かったところで――
霄太師の顔がさっと青ざめる。
「まさかもう――」
「克洵や、克洵父の幽閉場所として使われていたとしたら、思ってもみないことになってるかもしれないぞ」
途端、風のようにひゅぅと姿消した霄太師に櫂兎は苦笑いした。そして、小さく呟く
「おやすみ、鴛洵」
ひろがりたゆたっていた闇は、もう既に綺麗さっぱり消え去っていた。
影月ら茶州州牧たちの席は、一番下座に与えられた。それは別段よかったが、ひっきりなしに突き刺さる嘲弄と嘲笑は、流石に辟易した。
「……はあー……なんか、進士のときを思い出しますー」
「こんなんだったのか。お偉い官吏様もずいぶんケツの穴ちぃせーなあ」
影月はぐるりと何度目かの視線を大堂に巡らせた。
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bkm