漆黒の月の宴 22
それは茶家当主就任の儀への招待状が届いて数日後の夜。


夕餉ののち、お茶を飲みがてら茶家対策を話し合っていたはずが、何時の間にか朔洵の話題となる。『男の無駄毛』論争になったそこに乱入してきたのは、話の中心人物、茶朔洵だった。朔洵を見とめた秀麗は、飛び散る火花達には気も留めずさっさと荷物をまとめてしまう。


「さて、用意できたわよ。……じゃ、みんな、なんだか迎えにきてくれたみたいだから、行くわね。浮いた車代は燕青の借金返済に充ててあげてね。あとはよろしく」


秀麗は長身の朔洵に、精一杯背伸びをして言った。


「“蕾”、絶対返してもらいますからね!」


理性では分かっていても行かせたくない静蘭を、燕青は腕を掴んで押しとどめた。

朔洵は微笑むと、秀麗の腰をさらうように引き寄せて、あっという間に窓から夜の闇のなかに消えてしまった。


「あの姫さんが貘馬木だったり……は、しねえよなー。
ああーついに掃き溜めから鶴が飛んでって野郎はきだめだけになっちまったよー……」


燕青のしんみりとした呟きは、その場の全員が目を背けていた事実をズバリついていた。静蘭がいくら美人でも、影月がいくら健気でも、野郎なのである。
……貘馬木や櫂兎が女装して来たら、また話は違ったかもしれない。が、しょせん野郎は野郎だった。
だが燕青は真っ先に気を取り直すと、静蘭の頭をぐりぐり撫でた。


「偉かったぞー静蘭。よく我慢したな。かいぐりしてやる」

「いらんわ!」


そのときだった。あらぬ気配に燕青と静蘭が弾かれたように窓を見る。燕青は即座に棍を回転させ、静蘭は“干將”を電光石火の速さで抜き去った。


「マジかよ朔以外でここまで近寄れる奴がまだ――」


月を背にふわりと窓に浮かぶのは、妙にいびつな人影だった。
燕青の棍を、影は間一髪でかわしてのける。それを見た静蘭は瞬時に殺気に切り替えた。様子見とはいえ燕青の繰り出した棍をかわすやつに手加減などしたら、こっちがやられる。
しかし次の瞬間、燕青は棍を止めると、手首を返して静蘭の剣を打ち払った。


「うわーやめやめ静蘭ちょい待ちっ!! こいつらは」


そして実に久しぶりの絶叫が響き渡った。


「ばばばバカモノ――――――っっ!! 婦女子がおるのに剣を向けるやつがあるか――――――っ!!」


以前よりぐっと背の伸びた翔琳の背で、春姫は驚いたように目を丸くしていた。
ややあって燕青は呆れたように頭をかいた。


「あー……ほんっと世の中ってよくできてらぁな」


――鶴が飛んでったらもう一羽が飛び込んできたぜ。






春姫を背負った状態で、窓に飛び込んでいく翔琳を見た貘馬木は、その影に一瞬目を疑った。しかし、上の階の騒がしさや、その話の内容からしてそれが事実と認めざるを得なかった。自分と同じ人間であることは信じる気が湧かなかったが。


(……というか話丸聞こえだろぉ。いくら人払いやら何やらしてるとして、この俺、貘馬木さんみたいな素敵な奴が気紛れで訪れることもあんだからさぁ)


茶家から逃げ匿われていた春姫の居場所がばればれである。
と、その聞こえる中の声も小さくなり、聞き取り辛くなる。


「おっ? 声潜めたか、それともしゃがむなり奥に行くなりしたかな?」


それから貘馬木は顎に手を当てた後、ニヤリと笑う。


「聞かないわけにはいかないよなー、春姫の自己紹介きいただけで帰るなんて面白くない」


「な、飛馳」と彼女の背を撫で、貘馬木はあたりの木に馬を括り付け、邸内へと踏み込んだ。

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空中三回転半宙返り土下座
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