「他の村へは伝えてらっしゃるんですか?」
「へ? あっ、はい! 残すは石榮村だけです」
「そうですか。まぁ、急く気持ちは分かるが焦るのはよくない、今晩はうちに泊まってください。夕餉もご馳走しましょう」
何ですかその至れり尽くせりは。
「あの、そんなの申し訳ないですし、やっぱり今から村出ます。元々訪れてすぐに追い出されるの覚悟で来てましたし」
「そう…ですか? 別にしばらく滞在されても宜しいんですよ、元々この辺りの村は旅人来るのなんて珍しいことこの上ないんです。ですから、めったにない村の客人として少しでも良い村だったと思って頂き帰られればと」
なるほど、やけに親切連続する理由がだいたいわかった。しかしそれにしてもされすぎ感がありすぎる。少しの違和感を抱えたまま、小首かしげ丁重に村滞在を断って、櫂兎は村を後にした。
「変わった者だったね」
「そうですか?」
「そうだよ、哥喃には分からなかったか。纏う空気が、どこか違うんだ。それに真面目で誠実そうだったしね」
うんうん、と村長は頷く。
「というか、君は洋眉路村から来てた、あの参三さんの話をきいてなかったのか」
「参三さん…って、脚のやけにはやいあの? 一体なんの用で」
「やはり知らなかったのか……。彼、近いうちに村訪れるであろう若者のことを信じて欲しいと、それだけ言いに遠くからきていたんだ」
村長はにこりと哥喃に微笑んだ。
「信じて欲しいと願われる人間の言葉に、嘘偽り含まれることは少ないよ、哥喃」
「……いかにもこのあたりの村の外部の人間でしたから、共犯もあり得ないでしょうしね」
「第一彼も言っていた、利益など生まれない、する必要性がない、だよ。愉快犯だってこんな辺鄙なところまでわざわざ足はこんで騙しにくる真似はしないだろう」
それから、さぁてと村長は伸びをして、腕をまくる。
「冬場は燃料節約したいだろう、一々火を通すのが面倒だとかで煮沸しない者もいるだろうから、そういうことないように、私達は説明して信じて納得してもらう必要がある」
村長の言葉だからって、理由もなしに信じられるはずもない、と村長は言う。ふと、その『理由もなしに信じられる人間』というのは、先程村を訪れた彼のような者を言うんだろうと村長は思った。
(理由が説明できないなんて、それこそが理由になり得る、ね。)
「……げ」
石榮村へ向かう途中の山路で野営していた櫂兎は、今晩の食事、煮たつ芋粥の鍋を覗き込んで、顔を顰めた。
そこには、よく分からない黒い栗イガのようなものがプカプカ浮いていたのだ。
「まっくろくろすけじゃあるまいし……」
櫂兎はそっと匙で掬って、その塊を摘まんだ。
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