想いは遥かなる茶都へ 49
「はじまったようだの」


誰もいなくなった菊の邸。その奥の室に霄太師はいた。


「久しぶりの里帰りじゃろ」


呟いて小箱を開けると、一人の青年がふわりと姿を現した。かつてこの邸の主であった茶鴛洵は、帰郷を懐かしみもしなかった。その鋭く秀でた顔が厳しさを増す。


「朔洵が……動き出したか。たった十五で“殺刃賊”を掌で弄んだ男……」

「お前や英姫にさえ、ぎりぎりまで気付かせなかったとは、いっそ見事よの。あの貘馬木も確証無しの勘で動いとったしな」


まーその勘もやけに当たるんじゃけども、と霄太師は言った。


「朔洵のあの才――うまく育てさせすれば、私など遥かに超える官になれたものを」

「はは、そりゃ無理じゃ」

「……なんだと?」


笑い飛ばされて、鴛洵はびくりと眉を動かし言った。それににやにやと笑いながら霄太師は言う。


「朔洵ごときにお前を凌ぐことはできん。あやつには決定的に欠けているものがある。その可能性を持つものは朔ではない。わかっておろう?」

「……だが、あれは優しすぎる」

「馬鹿じゃのう。そういうところはお前とて全然負けておらんわ。お前櫂兎に『鴛洵優し〜』など言われて照れとったではないか」


それに鴛洵は狼狽えた。


「ば、馬鹿、別にそれは言葉を認めたわけじゃないぞ。というか櫂兎は何処だ? 一緒にくるのではなかったのか?」

「二人で一緒にきて一緒に飯食ってさっきわかれてきたぞ」

「私も混ぜろ」

「もう遅い」


悔しそうに鴛洵が顔を顰めたところで、霄太師はさて、と指輪を見た。


「これの行き先は? 英姫か、新州牧たちか、それとも鄭悠舜のところかの? おお、櫂兎もありじゃぞ」


鴛洵は、悪友の耳元へすいと身を寄せ、囁くように行き先を告げた。




(想いは遥かなる茶都へ・終)


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空中三回転半宙返り土下座
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