秀麗は静蘭の問いに迷わず頷く。静蘭は、甘露茶を淹れる特別な人だ。
「ではあの男は?」
「……え?」
「お嬢様を愛していると言ったあの男はお嬢様にとって何ですか?」
茶を注いでいた手が、自然止まった。どう答えるべきか分からず、秀麗は考え込む。長い沈黙があった。やがて、ぽつり、と口にする。
「……あの人、劉輝に似てたわ」
「似ていません」
「いいえ、酷似してた。子供のようで大人だった。でも正反対だった」
「だから?」
即座に切り返され、少し言葉惑う。しかし、それをなるべく悟られないように秀麗は言う。
「ずいぶんと、印象に残る人だったわね」
静蘭の瞳は鋭いまま秀麗を見つめる。
「お嬢様は一度もあの男の本名をおっしゃいませんね。認めるのが嫌ですか? 彼が茶本家の人間であることを」
「別にそういうわけじゃ」
静蘭に出した湯呑みは、未だ手を付けられずにいた。それを視界の端に映した秀麗は、彼とどう接すればいいのか分からなくなる。
「私にまで、嘘をつかれるとは珍しい」
「……静蘭」
そんなつもりじゃなかったのに、そんな顔させたかったんじゃなかったのに。――また、笑って甘露茶を飲めると思っていたのに。
「でも、あの男はだめです。他の誰でも、あの男だけは危険すぎる」
甘露茶が冷めゆくように、静蘭から言葉が零れおちていく。
「あの男は底知れない闇です。引き摺られないでください。惑わされないでください。誰よりお嬢様を愛しているなんて、そんな言葉は嘘です」
すっかり立ち尽くす秀麗を静蘭は見上げた。
「……髪を、結っていませんね。あの男に何か言われましたか」
自分でも気付かないうちにしていたことを指摘され、秀麗は肩を震わせる。そのことに静蘭は舌打ちした
「いつかあなたも恋をする。それはずっと前からわかっていました」
手を伸ばされ、指掴まれたと思えば、そのまま静蘭は立ち上がり抱きしめてくる。
「でも相手があの男なら、私の方がずっとましです。そう思いませんか。負けてるのは性格の悪さくらいです」
「……せ、性格の悪さって」
「あなたには幸せになってほしい。私はそのためだけに側にいる。だから……あの男だけは許さない」
静蘭はそっと腕を解くと、秀麗の反応待たず室を出て行ってしまった。
秀麗は机上にあった鏡を覗き込む。
(……酷い顔、してるわね)
自嘲気味に笑ってから、冷めかけた甘露茶のはいった茶器に目をやり、また胸塞がる心地しては寝台に倒れこんだ。
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bkm