凛を室まで送りとどけたあと、燐果は櫂兎の室まで訪れ、頭を下げた。
「凛様のこと、お気遣い頂きありがとうございます」
「いやいや、俺は何も」
「あの後凛様、くしゃみが止まらなくなってましたの。あたたかいお茶飲むのにも一苦労の御様子で」
「そっ……そうだったんですか」
「早く言ってくださって助かりました。これはそのお礼です」
扉脇に置いていたらしい盆を、燐果は持って室に入る。ことり、と盆を置いて、茶器を櫂兎の前に差し出しては茶を注ぐ。甘い香りが広がり、それが甘露茶であること分かる。小さな茶菓子も付いていて、嬉しい限りだ。
「いただきますね」
「はい、どうぞお召し上がり下さいな」
茶菓子を摘まんで口にいれる。甘みが口いっぱいに広がり、ほわりとした。
「そういえば、烏さんがいませんね」
茶を啜っていた櫂兎に燐果は気付いたように言った。
「肩に乗るのに飽きたのかどっかいっちゃったんです」
「雨の中、濡れてないとよろしいですけれど…。あ、烏さんが居ないなら明日の朝餉は一膳ですね。それとも二人前の方がよろしいですか?」
「いや、一人前でお願いします」
「分かりました、お箸も一膳ですね。あらいけない、板前さんにも伝えないといけません。すみませんが、飲み終えられましたら、盆ごと、廊下の扉脇にでも置いておいて下さい。後で回収させていただきますから。では失礼します」
燐果はそうして出て行った。……しばらくして室離れた廊下で人が転んで床にぶち当たるような音が聞こえた気がした。燐果さん、転んだのか?えっ、転んだのか?
甘露茶飲み終えたところで、一息ついて盆を廊下に出す。そのあとまっすぐ寝台に向かい潜り込んだ櫂兎は、ほど立たず意識を沈めた。
二胡の音が流れて――消える。
秀麗は、室に入ってきた人物を見て二胡を奏でる手を止めた。
「静蘭」
「お嬢様、御身体の方はもうよろしいんですか?」
室に入った静蘭は二胡をひいていたらしい秀麗にきいた。二胡の側に垂れ幕らしき物が見える。貘馬木のおいていったものを燕青がちゃっかり渡したらしかった。みれば鏡も机上にあった。
「うん、もう大丈夫よ」
そうして秀麗は伸びをした。
「丸一日眠っていただけはあるわ。疲れもすっかりとれたし…香鈴には心配たくさんかけちゃったみたいだけど」
「……」
自分の方が心配していた自信はあったが、それは口にせずにおいた。
「甘露茶をたくさん淹れてあげる約束だったものね、今用意するわ」
秀麗はそう言って甘露茶の用意に取り掛かった。目の前で注がれる甘い香りの漂うお茶に、静蘭は目を細める。
「お嬢様……」
「なに?」
「私はお嬢様の『特別』ですか?」
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bkm