想いは遥かなる茶都へ 43
「……その声は」

「似てるだろう? 真似ているんだよ」


そうして燕青や静蘭の声を真似てみせた貘馬木に、静蘭は不快そうな顔をする。


「私はそんな声ではない」


どうやら彼は、愛しのお嬢サマの姿を借りたせいで不機嫌らしい。貘馬木は苦笑いした。


「自分にきこえる自分の声は、他人にきこえてる声と違うからな」

「……姿を借りるとはどういうことだ」

「どういうことも何も、そのまま。変装だよ」


そこで燕青が、今までのからくりにやっと気付いてぽんと手を打った。


「そんなのありかよぉ〜、っていうか出来んの」

「骨格誤魔化せればそれなりに。ただ、バレるやつにはバレる。碧家の鑑定眼とか天敵」

「へぇー」


感心した声を上げる燕青をよそに、低い声で静蘭は問うた。


「それで、何の用でここに現れた」

「……いや、そんな睨まなくていいし。危害加えにきたわけじゃないし、大した用事じゃないし」

「お嬢様の声でべらべらとはしたない言葉を使うな、不快だ」

「ええぇ?! 俺別にはしたなく無くね? 朔洵に苛々してんのはわかるんだけど俺にあたられても…」


軽い舌打ちが聴こえて、貘馬木はがっくり肩を落とした。もう早く帰りたい。


「これ、お嬢さん目が覚めたら見せたげて。彼女のこわーい叔父さんが、これを彼女にみせないと俺妻娘揃って簀巻きにして川にどぼんするっていうんだ。あと忘れ物」


そうして何処からともなく取り出し渡した布と鏡。布の方を広げてみれば新州牧歓迎の垂れ幕だった。優しい君の叔父さんよりと添えてあって、えげつないの間違いではないかと燕青は思った。
鏡はたしか秀麗が、紫州を出る前に櫂兎に貰ったと見せてくれたものだった。静蘭はそれに素直に礼言うのが癪でそっぽ向く。


「関所でそれ吊ろうとしたら捕まったわ、もう爆笑」

「いや、笑えねえぞそれは」


おもわず燕青は突っ込んだ。じゃあそういうことだから、とどういうことか分からないが貘馬木はそれで去っていった。それから程経たず、扉から影月たちが顔を出す。無事片は着いたらしい。


「皆さんご無事でよかったですー。秀麗さんが先程室を出て行かれてましたけど、お元気そうでほっとし……あ、あれ?!秀麗さんが寝てるっ」


寝台に臥す秀麗をみて目を剥く影月の頭を、後ろから現れた龍蓮がぽんと撫でた。


「あれは心の友の一見そっくりさんだが、心の友ではなかったぞ」

「ほ、ほええ、そうだったんですかぁ! 気付きませんでした!!」

「し、しっかりしなさいよ。貴方がそんなだから私もてっきり秀麗様だと思って挨拶してしまったじゃないですの!」


唇尖らせ、不条理な理由でぷりぷりと香鈴は怒ってみせる。影月は何一つ言い返さず申し訳なさそうに俯いた。


「あぅ、すみません香鈴さん……」

「全くですわ!」


そういいつつ、内心香鈴は言い返さない大人さがまた生意気だと膨れた。

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空中三回転半宙返り土下座
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