想いは遥かなる茶都へ 41
朔洵はその声にくすりと笑った。


「声だけはさみしいな、姿をみせてよ」

「嫌ってんだろ。俺は恥ずかしがり屋なんだよ、人が多い」

「そんなことないのに。それともこれから来る官兵のことを言っているのかな? 来る頃には私は居なくなっているよ、今ならいいじゃないか」

「しつこい男は嫌われるぞ。本当なら早く帰りたいのを、良心働いて嫌々嬢さん追い掛けてきたんだし、俺は蚊帳の外でいいんだよ」

「それは残念。ねぇ、私はね、君あの一件の後、君があの貘馬木家にいて、傍系でありながら本家の者達にすら異端と言われていたと知って、ものすごく期待したんだよ、どれだけ私を愉しませてくれるんだろうって。
なのに、今の君はすっかりおとなしくって、私は詰まらないよ――貘馬木梦須」

「黙れ」


その場の全てを串刺しにしてしまうほどの鋭い声。朔洵の言った名に燕青が小さくマジかよ…と呟く。


「知っているのか?」


静蘭が小さく燕青に問うと、燕青が目を逸らし言った。


「何度か茶州の赤字がそのまんま反転して黒色になったことがあって、理由分からないし悠舜にきいたら笑ってその名前だけきいた。それからちょくちょく、あり得ないところに地味に名だけ出てるのに気付いたんだけど……何やってるかは悠舜しか知らない。俺は会ったことないし」

「何度も会ってるぞ燕青、お前が気付いてないだけでな」


小さな声も聞こえていたらしい。随分耳がいいと燕青は苦笑いした。
朔洵はふいと外を見て目を細めた。


「……残念、もう時間みたいだね。また会うことに期待しよう」

「二度と近寄らない」

「ふふ、どうかな。さて、私はそろそろ行くよ」


朔洵はまっすぐに秀麗に目線を向けた。そして本当に優しい微笑を浮かべる。


「おいで、州都琥漣へ。待っているよ」


紅秀麗、と朔洵は囁いた。貘馬木は、ここしばらく琥漣方面には近づかぬことを決めた。


「忘れないで。私は君を――愛しているよ。君がそれを認めてくれなくても。今度会う時は私の本当の名を呼んでおくれ。その可愛い声で、私の名を聞きたい。

だから逢いにおいで。待っているから」


優艶な仕草で手招く青年を、秀麗は睨みつけた。


「私は、行かないわ」

「くるよ。君は必ず私に会いに来る。この花簪がある限りね」


秀麗の髪から外した簪に、朔洵は唇を寄せた。多くの花や蕾が連なる美しい玉飾りの中に、特別な“蕾”がまぎれていた。


「見事な出来だね。それにしても“蕾”とは、王もなかなか洒落たことをする」

「……あいにくとそれも贋物なのよ」

「嘘はいけない。でもまあ贋物でも構わないよ、君を偲ぶよすがにするから」

「あなたは何をするつもりなの――」

「しばらくはおとなしくしているつもりだよ。君が州牧になってくれても全く構わないし」


とん、と朔洵は窓枠に背を預けた。何かに気付いたように貘馬木は片眉上げた。

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空中三回転半宙返り土下座
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