龍蓮が州牧印と佩玉を持ってきたことを知るのに、秀麗が服をはごうとすれば梨を出され怒りに打ち震える羽目になった。爆発しそうになるのを抑え込み、無事州牧印と佩玉を確認しては、龍蓮に影月らの連れて行かれたという、今は賊の塒となった金華城へ向かうこと頼む。質にいれられた宝剣“干將”の回収と配達も任されてくれるらしい。だから、あっちは大丈夫――。
「あなたが持ってきてくれたお土産、影月くんに渡してあげてね」
「――失いたくない心の友は、二人ほどいるのだが」
「あの男は菊の邸で、私を待っていると言ったのよ。だから行くのは私しかいないわ。行きたくなくなるのは嫌だから、危険性は訊かない」
龍蓮は思わず見とれるような笑みを刷いて、ぽん、と秀麗の頭を撫でた。
「人の心までは測れない。心のままの行動も予想は難しい、運は自らの行いで引き寄せられるものなのだ」
「……もっとわかりやすく言ってちょうだい」
「私は多分、明日には君の菜を食べられるだろうということだ。確率は言わない。たった一人でよくここまで来たな。印も佩玉もちゃんと届けるから心配するな。君のその勇気に敬意を」
時折、普段の変人具合らしからぬまるで普通の青年のように彼がみえるから、変人のふりをしているのか真性の変人なのかを分からせてくれない。
秀麗は、龍蓮の衣を掴んだまま、キッと顔を上げた。
「最後に訊くわ。私がここまで一緒に来た人は誰?」
「琳家の者ではないな。三日前にほぼ全員殺されているし、琳家の生き残りには隊商を動かせる年齢の男子はいない」
「じゃあ、あれは」
「何もかも分かっている男だ」
「琳家を惨殺させたのも?」
「君はもう、その答えを知っているはずだ。その正解率は十割」
わずかの躊躇もしない龍蓮の物言いに、秀麗は泣き笑いのような表情を浮かべた。
「あんた正直すぎるわよ。――わかった。じゃ、行くわ」
秀麗は菊の邸に向けて駆け出した。その背を見送った龍蓮は金華城へ体を向けた。
ふと、夏なのに芋の香りがした気がした。
「誰だろ、この往来に梨転がしたの。それとも気付かず落として行っちゃったのかな、勿体無い」
龍蓮が秀麗に渡した後、秀麗の手から転がり落ちた梨を何気なく見つけた櫂兎がひょいと拾う。
「おい、櫂兎、散歩といいつつ随分遠くまで来過ぎじゃないかの。夕までに帰るんじゃろ、ほら、もうそろそろ帰らんと、日が暮れるまでに帰るなんぞ無理になるぞ」
「うん、分かってる。……何だか笛の音が聴こえた気がしたんだけどなぁ」
きょろきょろと辺りを見回した櫂兎だったが、笛の音などどこにも聴こえず、肩落とし琥漣へ足向けた。
「また何気なく関所破りするんじゃろ」
金華のはずれ、外出る門の付近で烏姿で飛んでいた霄太師がばさりと櫂兎の肩に乗り、言った。
「いやいや、ちゃんと検問記録は手順に則ってしてるじゃん」
「……それ、『乗っ取って』の間違いだと思うぞ」
関所に着いた櫂兎は、周りに人がいないこと確認しては鮮やかな手並みで門兵らを伸して検問記した。門を出る前に、少し足を止め振り返る。
「どうした?」
「…………血の匂いがした…気が、した」
鋭い光をたたえた目で金華城を見る櫂兎を霄太師はつついた。
「気のせいじゃろ、いくぞ」
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