その室は、地下だというのにそれを感じさせないほど明るく日の光に満ち、品のいい調度品はその部屋の主の感性の良さを伺わせた。
「それでは私はここで失礼致します」
「はい、案内有難うございました」
ぺこりと頭下げられ櫂兎も下げる。店員の遠ざかる背を暫く見つめていた櫂兎はくるりと回れ右して、この部屋の主と向き合った。
「どうぞ、お座りになって下さい」
部屋の主――柴凛はにこりと綺麗に笑った。
「紫州から遥々、ようこそ茶州までおいで下さいました」
室に現れた男は、思っていたよりも若かった。何故か肩に烏を乗せている。なんともその…斬新な装い、流石花菖蒲を手掛ける者なだけはある。
商人の鑑定眼が、この目の前の男は本物だというのを告げていた。
「……失礼ですが、何故茶州全商連へ? 私達全商連としては何処であっても歓迎のあまりですけれど、現茶州の情勢みれば今こちらに来るのは得策ではないでしょう」
本物であるからこそ、浮かぶ疑問。全商連へ近いうちに隠し花菖蒲印制作販売権利の交渉来ることは事前に報せ来ていたが、紫州全商連が主だってすることになるだろうという見解であったし、茶州が今情勢不安定なのは調べればすぐわかることだろう。
「ええ、しかし茶州の財政思えば、ここでこそ貢献出来るのではと思いまして」
貢献……確かに茶州全商連が主だち制作販売臨むことになれば、大きく利益も出、茶州財政の未来は明るい。
しかし、そう簡単にことが進むはずもない、茶州に交渉持ち込んだということは、茶州でしか得られぬ見返りを望むということ――
凛の握る手の中に汗が滲む。
目の前の男は、この度全商連本部からきた通達内容をきっと知っている。それはつまり、七彩夜光塗料の製造法と派生権利を全商連が得たことを知っている、ということ。――それが狙い、か。
それを譲るのは手痛い、しかしそう易々と蹴るべき交渉でもない。
「私からの条件は一つ、それさえのんでいただければ制作権利、販売権利は全てお譲りしますし、月に一度新様式提供もします。条件のめない場合はお話なかったことにさせていただきます」
いきなり条件提示され、相手の話に完全にのまれ言葉失う。
(伊達に隠し花菖蒲印様式提供者やってないってわけか…)
「その条件は――」
凛は息を呑み、次の言葉に構えた。
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bkm