花は紫宮に咲く 19
「棚夏殿!昨日急に消えるんですからびっくりしたじゃないですか!」


王の執務室で、今日も吏部の書類持ち込みつつ王の執務を一部代理でこなしていた櫂兎は、室に入って顔みるなり言う楸瑛に戸惑った。


「え、何かごめん。定時で帰ったんだ、ちょっと用事あったから」


「もう、一言言ってくださいよね、例の指輪が手に入ったって話があったんですから。――偽物でしたけど」


「……それは、まぁ」


茶家当主印も兼ねる、鴛洵のしていた指輪の贋作。それが見つかったとなると、ことが起きるのは次の休養日、か。


「あ、絳攸」


「…………」


ふらりと執務室に入ってきては、ぼうっとして反応をみせない絳攸に、櫂兎はでこピンした。


「〜〜ッ痛、あ、棚夏殿……」


そこで絳攸はハッとした風に周りを見渡し、執務室に到着したことに今気付いたとでもいう風な反応をみせ、小さくガッツポーズした。如何やら無意識に目指したお陰で、ここまで迷わずすんだらしい。


「絳攸、何か考え事か?」


「……、いえ、お気になさらないで下さい、大丈夫ですから」


そうして執務机の上の書類みる絳攸の様子は、何処か上の空で。


「……絳攸って、なかなか分かりやすいよね」


こそりと楸瑛に言えばうんうんと頷く。


「絳攸が道に迷わないほど考え込むなんて、よっぽどのこと…きっと紅尚書絡みであの蔡尚書がうだうだ色々言ったんだろうな。……あー、着替えだけとはいえ、一人で礼部いかせるんじゃなかった…」


「棚夏殿は過保護ですね…」


苦笑いして言った楸瑛に、櫂兎はしまった、という風な顔を浮かべた。


「甘いのは甘味だけでいい、俺はピリ辛鍋になるんだ…」


ぶつぶつとよくわからないことを呟き始めた櫂兎に、あれ、まずいこといったかなと楸瑛は冷や汗かいた。


「……まあ、でも絳攸があんな調子だと、道に迷わないかわりに執務に影響出るし、俺も調子狂うし。どうしたものか…」


確か、どうにかはなったはず、名前の由来がどうこうだったと思うのだが。
「さいうんこくげんさく」では、鬘騒ぎばっかしかメモしてなくて今ひとつおぼえてないんだよなぁ…と櫂兎が内心思っていれば、楸瑛は目を細め笑う。


「それなら、私に少し案がありますから、多分大丈夫でしょう。絳攸の口が重いので、多分吏部尚書絡みだとは思ってましたけど、棚夏殿が言うなら確実ですね。そうなれば邵可殿に言うのが一番手っ取り早い」


「――ああ、そういやそうだった」


「え?」


不思議そうな顔する楸瑛に、何でもないない、と手を振り櫂兎は誤魔化した。







「あぁ、お務めご苦労様です、陛下」


「櫂兎? どうしてこんな辺鄙な場所に?」


櫂兎の顔をみた劉輝は目を見開く。


「それはこちらの台詞ですよ。こんな茂みに隠れるようにしながらおにぎり召し上がってるなんて…いじめられっこじゃないんですから」


「むむう…しかし、隠密行動も武官に大切な気がしてきて」


「それ影とか兇手の類ですからね! 貴方一体何目指したいんですか!!」


劉輝の行く末が心配だ。それはもう非常に心配だ。


「ここ、吏部から戸部へ向かうのに、誰の目にもつきにくい抜け道なんです。紅尚書、私が戸部にいくたび待ち構えたように戸部に居座ってて、こっちくんなオーラ出してるんですもん…」


「お、おーら?」


「醸し出してる雰囲気というやつです。戸部で尚書に邪険にされては、渡せる書類も渡すのに時間が掛かります。だから書類持っていく時はだいたいこの道からこっそりいってるんですよ」


「…、櫂兎は吏部尚書と仲が悪いのか?」


櫂兎は、しばらく無言のまま空を見上げ呟いた。


「どう、なんでしょうねぇ…」

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空中三回転半宙返り土下座
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