久々に定時で邸へ戻った櫂兎は、そそくさと用意をしては卓子上に積んでいた紙を掴み、また何処かへ出かけていった。
「こんばんは! 遅くなってすみません、店長――李柏さん居ますか?」
櫂兎は、店仕舞いの途中の様子の服屋で店員に声かけた
「あ〜、待ってくださいねぇ。てんちょぉ〜! お客様ですよお〜」
どたばたと駆ける音と、急いで靴を履くような音がして、店の奥から現れた男は、櫂兎をみて顔をほころばせた。
「櫂兎さん! そろそろだと思っていました!」
「遅くなってすみません、ちょっと相談もありますので奥でお話させてもらっても?」
「ええ、もちろん。上がってください」
どうぞ中へと連れていかれる。店内は店仕舞い中なせいか、店員が慌ただしく走り回っている。
奥のこぢんまりとした部屋で、小さな椅子に二人腰掛けては世間話もそこそこに、いつもの服――隠し花菖蒲印の新デザインについての話になる
「取り敢えずは今月の分です」
そうして持ってきた紙を卓子においたところで、はみ出た紙がぺらりと宙を舞って床に落ちた。李柏さんが何気なくそれを拾い――目を見開く。
「これは――」
「あ、いや、それは今回のじゃないです。ちょっと私事で考えてみたもので…」
秀麗へと、まだ思う段階だったが官吏服の案だった。一緒になって持ってきてしまったらしい。慌てて仕舞おうとするところで李柏さんの鋭い目がそれをさせなかった。
「少し、見せてください。見るだけですから」
「え、いや、その……」
問答無用で奪われ、正座しては無言の空間に耐える。何だか悪い点数のテスト見せてる気分だ。
「有難うございます」
見終えたらしい李柏さんは、至極あっさり紙を返してくれた。そして何も述べず、今回出す服のデザインについての話になった。
一通り話が終わったところで、李柏さんはふっと漏らす。
「最初に見せていただいたあれ。官服、ですよね? 女性用の」
「……っ、はい。自分じゃ作れそうに無いんですけれど、ね」
そう、ですか、と李柏は困ったように微笑んだ。
櫂兎去った後で、女人官服の案を思い出しながら李柏はぽつりと呟く。
「……官服は、うちでは扱えないんですよね。客層はあくまで一般ですから。しかし…あれは、作りたかった」
母がかつて言っていた、服は着る人のためにあるのだと。きっとあの服は、着る誰かのためのもので――
商売人である以前に、自分が服の仕立て屋でもあったことを不意に思い出しては目を瞑った。
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bkm