黄金の約束 12
進めていた筆を、はたと櫂兎は止め汗を拭う。


「適度な水分補給は夏バテ防止だ!」


「は、はあ……」


近くにいた官吏に向かって唐突にびしっ、といい携帯していた茶を彼は飲み出した。


「ふう……あ」


「どうされました?」


窓の外をみやれば、黎深が秀麗と名残惜しそうに手をふり別れているところだった。すごい勢いで手を振っている黎深に、扇子持たせたら涼しいだろうなと櫂兎は思った。


「……降水確率100%、か」


「え?」


近くにいた官吏が不思議そうにこちらをみる。


「いや、なんでもないです。秀くんが戻ってきたようだったので」


「ああ、彼、よく働いてくれてますよね。そういえば吏部の紹介でしたね」


「ええ。李侍郎が偶然彼に目をとめまして」


官吏が筆をおき、櫂兎を見て言った。


「官吏としても十分やっていけますよね、侍官だなんて勿体無い」


「そこに目を付けたのが流石李侍郎というやつです。彼が上司なこと、私の誇れることですね」


その言葉に彼は少し片眉上げた。


「人として、はそうかもしれませんけど、地位としては私はどうかと思います」


「…え?」


「侍郎としてついたのに、尚書仕事してないみたいじゃないですか」


「……それは尚書が悪いような……?」


中書省でも思ったが、絳攸の評価って思ったより悪く捉えられてるのか?
……絳攸、出世株だからいい思いされてないのかもしれない。心ないやつが悪い噂だけ流すんだろうな


むむむ、と顎に手をあてながらも「彼は仕事を責任もって果たせる人ですよ」と言って話題をかえた。

その話題もすぐ途切れ仕事に戻る。数字の羅列がつながっていくのが、まるでマフラー編んでるみたいだった。


鳳珠を長椅子にぶっ倒してから半刻ほどたったろうか。そろそろ起こしにいくかと思い始めたところで、不意に暗くなった気がして顔をあげれば、雨音がぽつぽつとしはじめ、やがて本格的に降り出す。桶をひっくり返したような雨の降り具合をみて櫂兎は立ち上がり、秀麗がいるであろう尚書室に入った。



「起きろー鳳珠ー…ってもう起きて」


「……っっぎゃ――――――――っっっ!!」


丁度櫂兎が室にはいったところで秀麗が耳を抑えうずくまった。慌てて鳳珠が窓を閉め、櫂兎は秀麗を宥めようと駆け寄る。


「秀……」


「いやぁあああああっっ!! ぎゃぁあああああああっっっ」


女の子の悲鳴じゃなかった。おおっと失敬


「いや――――――っっ!! 静蘭せいらぁああああんっっ!!」


「し、秀くん、まずは落ち着いて――」


どうすればいいかわからず取り敢えず背をさすろうと手を伸ばしたところで、鳳珠の手が秀麗の肩に置かれた。途端秀麗はそれに抱き着き、櫂兎は鳳珠に咄嗟に手引かれたせいで巻き込まれ体制を崩す。


「こ、こら」


鳳珠の宥めの言葉がはいったところでひときわまばゆい光が室を照らし、秀麗は絶叫して、ここには居ない『静蘭』に抱き付いた



「うっぎゃぁあああああああっっ」


「お、落ち着け」


「秀くんんんん…の、退いてえええ」


押し倒された形の鳳珠と、二人に乗られる形になった櫂兎は言葉掛けるが効果ない。


「お、おい、櫂兎、どうすればいいんだ!?」


「俺は二人がのいてくれないことにはどうにも…うげぇ……」


櫂兎は紳士だった。いくら潰れそうになりながらも「重い」とは決して口にしなかった。


「取り敢えず、背をさすったり頭なでて落ち着かせてあげて? 雷やめば大丈夫、かな?」


「うっぎゃぁあああぁあああぁぁあっ!ぎゃ――っ!!」


元気だなあ、秀麗ちゃん。俺、圧死しそうだけど




――そうしてしばらくして、戻ってきた景侍郎と燕青が見たのは、蝉のように黄尚書にしがみついて悲鳴を上げる秀麗と、彼女にしがみつかれ身動きできないでいる黄尚書、二人に乗られた重さで半分意識の混濁した櫂兎という、世にも珍しい図だった。

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空中三回転半宙返り土下座
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