進士、下っ端官吏 21
「いやー、楊修覚え早いな。俺、他に指導とかやったことないから、比べる対象がないけど」



「棚夏殿の教え方が上手いからですよ」



うーん、褒めて煽てるのも上手いだとか。世渡り上手そうだな、こいつ


「そうそう。頑張ってる楊修に、優しい先輩からご褒美です! じゃーん!」


「………それは?」



目の前に差し出されたものに首を傾げる楊修。

ちなみにこれ、黎深への差し入れついでに作ったクッキー。いわゆる、幻の甘煎餅である。


「巷で大人気の幻の甘煎餅を作ってみた」


「………っ、嘘でしょう?! 口に入れればサクリと軽快な拍子を奏で、仄かな甘みが一杯に広がる天下一品極上の菓子じゃないですか!」


何という誇張。俺、そんなもの作ったおぼえはないよ



「それに、作った者は作るときに精魂込め過ぎて命を失うから、現時点で作り方を知るもの全員甘煎餅を作ったがために命を落としてしまい、今では作り方を知るものはいないはずじゃ…」


そういやお店のほうに、ここ半年ほど置いてなかったけど……そこまで伝説化してたのか。



「それ、真っ赤な嘘だから。信じるなよ。そこまで浮世離れした味じゃないよ、美味しいけど。これ、俺の故郷の伝統料理みたいなものな」


そう言って、その『故郷の伝統料理』を初めてご馳走した近所のおばさまが、最近お歳で亡くなったのを思い出し、切なくなる。
隠し花菖蒲印の服を取り扱ってくれている店でも、主人が李穹さんから二代目の息子李柏さんに継がれた。李穹さんは、余生を地方で過ごすとかで、もう連絡とれていないのだけれど。



俺がそうやって遠い目していたせいだろう。心配そうに目の前で手を振り頬をつねられる


「…痛い」


「ああ、良かった。戻ってきましたか」


「どこにもいってない。ま、普通の焼き菓子だと思って。一緒に食べよう、楊修頑張ってたし、休憩したって誰も怒らないって」


そういって用意していた紅茶を取り出し淹れれば、珍しい薫りに不思議そうな顔をする楊修


「紅茶っていって、そのまま飲むこともあるし、牛乳や砂糖いれてもおいしいお茶だよ」


「茶に…牛乳や砂糖をいれる!?」


「まずそうに言うなよ。美味しいぞ?」


そういって無理矢理牛乳と砂糖がわりのお値段高ーい蜂蜜いれた紅茶をだしてやれば、いやそうな顔しながらも、勿体無いから飲むといったふうに、ぐいと飲み干す。


「………どうして茶に牛乳と蜂蜜を混ぜてるくせ美味しいんです」


「それが紅茶だよー」


じゃあ二杯目は何もなしで薫りを楽しんで、甘煎餅と一緒にどうぞと新しく淹れる


俺がもぐもぐと食べるので楊修も恐る恐る甘煎餅という名のクッキーに手を出した



「……美味しいです」


そうしてくつろぐ二人だったが、ここが吏部の離れの個室でなければ、大量の仕事に忙殺されている吏部の方々に刺されているだろう


そして、楊修の好きなものに「幻の甘煎餅」と「蜂蜜と牛乳のたっぷりはいった紅茶」が追加されたのは言うまでもない。

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空中三回転半宙返り土下座
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