暗き迷宮の巫女 09
星が飛び交い、空が乱れる。次々に降る星々は、流星群を思わせた。かと思えば、いつの間にか日が昇り、青空が広がっていたりする。
めまぐるしく変わる景色に、櫂兎は目が回ってしまいそうだった。夜の名残か、まるで飛行機雲のように足下にまでのびた星の尾の跡が残っている。
先導する璃桜は、周りの景色の変化になど頓着しない、というよりは、最初から櫂兎と見えているものが違うようで、星が降ろうが、夜が昼になろうが、何を気にした様子もなかった。一人驚き慄いては、動揺のまま声を上げていた櫂兎にすら、反応を示さなかったほどだ。彼が櫂兎に、さして興味がないというのもあるのだろうが。

そうして、璃桜の後をついていくことしばらく。こじんまりとした建物に、櫂兎達は辿り着いた。璃桜が入り口である門に触れれば、門はひとりでに開く。櫂兎は躊躇しつつも、璃桜を追ってその門を潜り抜けた。
門の先は、目に見えていた景色とは明らかに違った様相をしていた。果ても見えない回廊に、櫂兎は己の身のおぼつかなさを感じてしまう。場を支配する静謐な空気は、過去に櫂兎が縹家へ訪れた際、肌で感じたものと同じだった。
先程の門が、縹家の土地に繋がるものだったのだろう。交渉相手の本拠地についたとあって、櫂兎も少しの緊張を覚える。
――珠翠は何処にいるのだろう。そんな考えを持って、きょろきょろとあたりを見渡していた櫂兎は、突然冷たい手に腕を掴まれ、びくりと肩を跳ねさせた。


「あまり余所見をしてはならないよ」


静かな声は璃桜のものだ。続いた「戻れなくなるからね」という言葉に、櫂兎はこくこく頷いた。







櫂兎達がその一室に辿り着くまで、不思議と人には出会わなかった。建物の規模にしろ、つくづく現実感のない光景だと考えていたが、本当に現実ではないのかもしれない。
縹色の衣装を身に纏う人物。その首元からは、彼女が大巫女であることを表す、月食金環の紋が提げられている。
――縹瑠花。
高御座に鎮座していた彼女は、来訪者の気配に瞼をゆっくりと持ち上げた。彼女の愛する弟が視界に入る。自然、彼の背後にいる人物の姿も見え、彼女は表情を歪めた。


「……ああ、璃桜。何故其奴を連れてきたのじゃ」


随分な嫌がられようだと櫂兎は肩をすくめる。璃桜と瑠花は視線を合わせ、無言で暫く見つめ合っていた。何か分かり合うところでもあったのだろうか、いや、瑠花の方が折れたのだろう。「まあ、よい」と、この状況を認める言葉を零す様は、幼な子の我儘を受け容れるかのようだった。
その一言を聞き、璃桜がゆるりと笑みを浮かべる。瑠花は溜息でも聞こえてきそうな顔をしていた。それでいて、璃桜の行いを全て仕方がないと許してしまいそうである。妹に甘くなってしまう櫂兎にも、その心地には心当たりがあった。櫂兎が瑠花に謎の親近感を抱いたところで、璃桜は室を立ち去った。
見送るように璃桜を追っていた瑠花の視線が、櫂兎へと動く。櫂兎は慌ててその場で跪拝の姿勢をとった。櫂兎を見据えた瑠花が口を開く。


「さて、あまり時間をかけてもおれぬ。互いがどこの誰であるかを話す場でもなかろう。御託はよい、用件を申してみよ」


すぐに立ち上がった櫂兎は、緊張した面持ちで話す。


「珠翠を迎えにきました。彼女の身柄を、こちらに引き渡してもらいたい」

「ならぬ。彼奴には『役目』を果たしてもらう必要がある」

「自己の幸せを諦め、犠牲になることが彼女の『役目』だとでも?」

「その通りじゃ。それこそが、傀儡の存在意義よ」


そう述べ、皮肉な笑みを浮かべる瑠花に、櫂兎は拳を握った。彼女にそう言わせる現状が悔しい。歯軋りしたい気持ちをおさえつけ、櫂兎は思考を巡らせる。
軟禁生活が続いたせいで動くに動けず、当初予定していた「英姫と相談」の手は使えず仕舞いだった。今ある手札で交渉に臨むほかない。


「仙洞宮の封印が、揺らいでいるそうですね」


瑠花の顔から笑みが消える。限りなく無に近い表情に、櫂兎は確信を持つ。彼女にも余裕はないのだと。


「貴女は今、綻びかけている紫州の結界の維持と修復を試みておいでだ。もし、珠翠の身柄を解放してくださるのであれば、私も貴女に協力しましょう」

「ぬかすでない。お主に何ができるというのじゃ」


瑠花は櫂兎の申し出を鼻で笑った。確かに協力するといっても、術者でも何でもない櫂兎が結界の修復作業を手伝えるわけではない。そちらの方面に関してはさっぱりだ。
しかし、櫂兎の予感が正しければ――、この状況にはそれ以上ないものを、彼は持ち合わせているはずだった。


「かつて、死の決まった人間の延命に、私の生命力を使えないものか、黒仙に尋ねたことがあるんです。その答えは、『使おうにも器が壊れる』というものでした」


その時の櫂兎は、呑気にも「俺は平気なのに」などと考えていた。他人が持てば壊れるようなものを内包している自覚はなく、自分が平気なものを朔洵にはどうしてあげられないのかなどと考えていた。
――平気なはずがなかったのだ。器、つまり、自身の身体が壊れていない、それこそが櫂兎の身の異常だった。櫂兎の身体は、あの時から一年を巻き戻し繰り返している。実質、進んでいないも同じだ。事実櫂兎の肉体は、ここ数十年、歳をとらずにいる。


「本来、これは私のものではないのでしょう。私自身が能力に目覚めたわけでも、自身が意図して使っているわけでもないのですから」


櫂兎が自身の身体の変化に気付いたのは、彩雲国で暮らしはじめて幾らか経った頃のことだった。これをどこで得たかは分からないが、少なくとも異世界トリップを果たす前には持っていなかったことは確かだ。


「術者としての適正のないはずの人間が、擬似的に不老となれるのですから、しかるべき術者がこの力を扱えば、結界の修復も容易になるのではありませんか?」


そう簡単にあげられるものだとは櫂兎も思わないが、少なくとも黒仙は『使えない、取り出せない』とは言わなかった。可か不可で言えば可能であるはずだ。
珠翠に負わされるものを減らし、彼女が役割を避けられる状況を作り出すこと。珠翠の身柄を取り戻すにあたって、櫂兎がやろうとしていることはそれだった。

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空中三回転半宙返り土下座
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