「出掛けるぞ」
そう言った清雅の行き先を尋ねると、百合のいる貴陽紅家だった。
どうにも嫌な予感がして、秀麗は口を挟む。
「ねえ、そこへの調査なら、私が一昨日行ったばかりよ」
「何?」
正直に話すのは癪だったが、黙っていて捜査が進まないことも避けたかった秀麗は結局、清雅に今回の紅家の行動は“鳳麟”の指示によるものであること、百合からはその“鳳麟”の「印」がどのようなものであるかのおぼえがきを受け取ったことを語った。清雅が見せろというので、渋々その印の画を出す。百合が数回見ただけの印を記憶頼りに描いたそれは、子供の描くヘンテコな画のようで、それを目にした清雅は小さく眉を寄せた。
「その“鳳麟”ってのはどんなヤツなんだ」
「えっと、百合さんは分からないって。多分今の一族は誰も知らない紅家の切り札だって聞いたわ」
それを聞いた清雅の目が鋭く細められる。
「……もしやその“鳳麟”は、紅門筆頭の姫家か」
「ええっ? 知らないわよ、というか姫家…って、あの!? あれって単なる伝説じゃなかったの」
そんなことを口にした秀麗を馬鹿にしたように、清雅は滔々と姫家について話した。秀麗が知識として知っている部分とも一致する。尤も秀麗は、自家にそんな一門が実在したことは知らなかったし、そこまで詳しい話は百合に聞かなかった。
「行く理由が一つ増えたな、確認の必要がある」
「それって――」
「待ーった待った!」
その場に乱入してきたのは第三者――櫂兎だった。
何故か碁盤を抱えている彼は、まるで先ほどまで秀麗たちの話していた内容を知っているかのように指示を下した。
「セーガ君は、この後お客様があるからお留守番!
それでもって代わりに秀麗ちゃんは、セーガ君の用意していた隊を率いて、貴陽紅家へ行ってきて。百合さんの身柄は朝廷預かりとして、貴陽紅邸の全財産の差し押さえをよろしく」
はい、これ命令書ねと櫂兎の差し出す書状をうっかり受け取ってしまった秀麗は、櫂兎に頼まれた内容に目を白黒させた。
「隊を、率いる――差し押さえって」
「今回の件の責任は、どうにも紅家が負うことのようだから。一斉出仕拒否に、冬を前にした物品の流通停止。国に害をなす行為、ひいては朝廷に弓引くものととられても仕方のない所業だ」
「でも、叔母様の身柄まで預かるなんて」
「彼女が紅家当主夫人だというのなら、一族を止めるべき――一族を止められるべきだった」
「そんなことって」
「それとも、君まで仕事を、その役割を放棄する?」
その櫂兎の言葉に、秀麗は厳しい顔のままかたく唇を結んだ。
呆れ、苛立たしげに清雅は言葉を吐き捨てる。
「俺が行く」
「残念。何を言ってもセーガ君は留守番ね、大事なお客様だから」
「おい」
こいつに任せられるものかと、櫂兎に抗議するような清雅の低い声に、それでも櫂兎は調子を崩さず、どこか意味深な笑みを浮かべて告げた。
「あれを見たんだろう?」
その台詞に、清雅も口を閉ざした。ややあって、秀麗が口を開く。
「私、行きます」
先ほどまでの迷いも葛藤も何もかもをすべて飲みこんで、ただ決意の色だけを宿した秀麗の瞳を、櫂兎は満足げに見た。
「いってらっしゃい」
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bkm