櫂兎は、また隠し子だとか何とか言い出さなきゃいいなと思いながら、悠舜の視線に頷いた。
悠舜はそれにゆるりと微笑みを返して、言った。
「貴方は、この国の人間ではないのですね」
悠舜の言葉に、櫂兎は少しだけバツの悪そうに頷いた。『遠いところから来た』などと、櫂兎が曖昧に言葉を濁して明言を避けていたところだった。
「貴方の故国は、この国と大きく文化の異なる地。技術や知識の水準も高い、それでいてこの地と比べ物にならないほど平和な土地なのでしょう。
貴方のその不思議な思想や発想、それに技術はそこから来るのでしょうね」
櫂兎は随分と驚いた。また突拍子もないものが出てくるのだろうと思っていたが、今までで一番まともでいい線をいっている。今の今まで誤解続きだったのが嘘のようだ。悠舜はその反応を確認しては笑みを深め、話を続けた。
「貴方が異国から来たとの考えに至ったはじめ、私は貴方が他国の間者なのだと思い観察していました。
しかし、間者にしては国の上層部と懇意にし過ぎていますし、その癖国自体には深入りしない。地位も求めず、今の今まで呑気に日々を暮らしている始末です。ずっと、裏があるのだと思っていたのですが、貴方は本当にそれが素なのですね。数年かけて思い知りましたよ」
「なんかそれ単純よばわりされてる気がする」
「ええ、羨ましいほど単純で分かりやすい性格してますよ、貴方は。そのくせ考えは分かりづらいんですから面倒です」
「面倒って言われた!」
「なにを被害者面しているんですか。振り回される私の身にもなってください」
「あれ? これもしかして八つ当たり?」
「正当な怒りです」
……などとは言っても、悠舜の表情にはちっとも怒りの色など見えないのだが、そんな表面は穏やかなままの悠舜に櫂兎は満面の笑みを向けた。
「前より、遠慮がなくなったっていうか。気が置けなくなった感じがして嬉しい」
「……これだから嫌ですよねえ」
少なくとも、昔よりは互いに知ることが増え、悠舜が櫂兎を警戒する理由が減ったのは事実だった。それを櫂兎に悟られて、しかもこうして喜ばれるのはどうにも、悠舜には解せない。
「話を戻しましょう。
――貴方は目的あってこの国に来たわけではない。ただ、何らかの理由で故国に戻れないのだろうと私は推定しました。それでいて、貴方はいつか帰る気でいる」
「……そこまで当ててくるとはおそろしいなあ」
「私としては隠し子説を推したかったのですけれど」
「なんでだ!!」
「その反応が面白いからです」
「なに!? 俺ずっと揶揄われてたの!?」
おそろしい、おそろしいぞ悠舜と櫂兎は慄いた。悠舜は苦笑する。
「それだけが理由でもないのですけれどね。この答えだと、貴方がどこから来たかという問題が残りますから。貴方の記録は、面白いほどに残っていない」
「いくらでも消しようがあることは、悠舜だってよく知ってるんじゃない? といっても、俺は何もしてないんだけど」
なんで残ってないんだろうねと問われ、こちらこそききたいくらいですよ、と悠舜は呆れて言葉を返した。悠舜が過去を抹消したことを知っていることを、さらりとにおわせてきたことに突っ込む気も湧かない。
「貴方が官吏になる前は、どうしていたんですか?」
「うーん。近所のおばさまとお茶したり、芋作ったり、まったりしたり?」
「貴方のその芋に対する執念はなんなんですか」
「おいしいよ」
どこまでも、気楽でどこか抜けた調子の櫂兎に、彼が深く考えていないことを悠舜は確信した。深く考えていない癖に、彼の言葉はどこかはぐらかすようで、何かを隠していると悠舜が悟るには十分だった。
「櫂兎、賭け碁をしましょう」
「碁盤もないし、次に会った時にね。でも、なにを賭けるの?」
「質問権を。負けた者は勝った者の問いひとつに、嘘偽りなく答えなければならないという条件付きで」
「いいよ。俺も訊いてみたいことあったし」
お互い笑みを突き合わせ、では次に会った時にとの言葉でその場はお開きとなった。
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