白虹は琥珀にとらわれる 34
「俊臣お前何してくれちゃってるの」


裁判が終わるなり、櫂兎は俊臣へと抗議の声をぶつける。俊臣は涼やかに微笑んだ。


「ふふ、君ばかりが身軽でお気楽そうだったし、これで少しは苦労するだろう?」

「おまっ、狙ってやったなー?!」


うわぁんと顔を覆った櫂兎の肩を、原因の一端なはずの俊臣が慰めのようにぽんぽんと肩を叩く。その姿は、見る者が見れば楽しんでいるのが丸わかりだ。

気易い様子の二人に、どうやら同期というのは本当らしいと裁判を公聴していた者たちも認識する。と、なれば気にしはじめるのは「棚夏櫂兎」とは何者なのかということだ。

かつて彼の下で学び、そして彼を付き人としていた絳攸にとっても、彼が悪夢の国試を通過した――黎深の同期であったという事実は初耳で、それでも、思い返してみれば気付ける節がいくつもあって愕然とした。


「秀麗は、知っていたのか」

「櫂兎さんが悠舜さんと同期だという話なら、燕青から聞いていて。と、いうと絳攸様はご存じでなかった…? 櫂兎さん、秘密にしてらしたのかしら。それは、どうして……?」


むむむと考えだした秀麗を端目に、絳攸は未だおさまらないざわめきに耳を傾ける。そこで絳攸が耳に拾ったのは、悪夢の国試の状元及第者は二人いて、一人は悠舜で、もう一人が櫂兎だったという、嘘か真か分からないような話だった。思わず絳攸も、変な顔をして考え込んでしまう。

櫂兎の話しているのは、古参らしい官吏たちばかりだが、その者達は一様にして、櫂兎の名や存在を今の今まで忘れていたことを不思議がっていた。本当に、彼はずっと目立つことなくいたのだろう、それは奇妙なほどに。

国試及第時の櫂兎の髪は長かったなんて話も出ていた。思わず、自分の髪を結ぶその髪紐に触れる。彼から譲られたもので、本人が、髪の長かったころに使っていたというものだ。……髪が長かったというのは、本当だったのか。なんだか、その姿が想像もつかない。


「あーっ! 分かるわけないわこんなの! 絳攸様、機会があれば櫂兎さんに直接訊いておきます!」

「あ、ああ。宜しく頼む」


ついでに状元及第とは本当かと訊いておいてほしかったのだが、それを秀麗に伝える前に、彼女は走って行ってしまった。忙しいことだ。絳攸は柔らかく息を吐く。
先程彼女にも告げたが、本当に。彼女はいい官吏に成長した。それが嬉しくて仕方ない。


「――俺も、頑張らなければな」


何もかも、気付くのが遅過ぎたけれど、それでも全て零し切る前にすくえたこの立場。失うわけにはいかなかった。








御史大獄での絳攸の裁判についてを悠舜から聞いては、絳攸が冗官処分におさまったことに息をついていた劉輝は、話の最後に、なんてことはない風に悠舜が付け足した話に驚き仰け反った。――裁判で、どうした経緯だか、櫂兎が
御史台の副官で、悠舜達と同じく俗に言う「悪夢の国試」を通過した者だということが明かされたと。

さらに悠舜は、「櫂兎も私と同点という結果で国試を及第したんですよ」とトンデモ発言をしてくれた。


「同点…というと、櫂兎も状元ということか?」

「そうなりますね」


劉輝は、いつものごとく穏やかな微笑みをたたえた悠舜の動じなさが、今ばかりは羨ましいような恨めしいような気分だった。
なんだかめちゃくちゃなことすぎて、魂が抜け落ちてしまいそうだ。それでも、「櫂兎だしな」と思うと、こんなトンデモな内容すら妙に納得できてしまうのだからおそろしい。


「というかだな、余は櫂兎が御史台副官だなんてきいてないぞ!」

「品位こそ侍郎には届かねど、一組織の次席ですからね。任命前には吏部からこちらにも書類が回ってきていた筈ですが……」


困ったように苦笑する悠舜に、劉輝はぎょっとする。


「覚えが、ない……」


しかし、心当たりならあった。
春の除目も差し迫る頃、吏部の仕事が滞っていたこともあり、人事に関する書類が劉輝の下に届いたのは予定より五日も遅れてのことだった。間に合わせるには、劉輝がその遅れを埋め合わせねばならず、中に目を通す時間もなさげだったことから、また、目を通さずとも吏部の決定に間違いはないだろうという甘い見通しから、印だけおして書類をまともに読んでいなかったのだ。

先日に続き、人事を他人に任せきりにしていたツケをここで払うことになった劉輝は、思わず机にひれ伏した。

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空中三回転半宙返り土下座
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