白虹は琥珀にとらわれる 25
清雅に元気も貰い(ついでに報告も貰い)、すっかり調子を取り戻した後、意気揚々と共同作業室で小さな雑用を片付けていた櫂兎は、ふと視界に入れた御史室の並ぶ廊下に、ひとつ扉が開いたままの室があることに気づいた。
無用心が過ぎるだろうと苦笑して、お節介だとは思いながらも扉を閉めに席を立つ。
さて、扉の近くにまで来て櫂兎がその室の中に見たのは、屍のように執務机に伏す秀麗だった。ここは、彼女の御史室だったらしい。
人の気配に気づいたのか、伏していた秀麗が勢いよく振り向く。櫂兎の顔を確認した彼女は、それが憎っくきあんチクショウな清雅でなかったことにホッとしたのか、緩んで息を吐いた。


「櫂兎さん」


彼女の目の下には濃い隈、肌もハリなく服はよれよれと、連日の無理を思わせる随分と酷い有様であったが、それでもその瞳に宿る光は強い。


「扉が開いてたの、廊下の先からでも見えてたよ」


苦笑して、柔らかな声で櫂兎が告げると、秀麗は慌てたように椅子から立ち上がって、そのまま力が抜けたとでもいうようにその場にへたり込んだ。
櫂兎は少し迷ってから、扉を閉めて彼女に近づいた。


「大丈夫?」

「ありがとうございます」


秀麗は櫂兎の手を借りて、椅子に戻る。


「お疲れ様、みたいだね」

「まだ、終わってませんから。労いの言葉は二日後にお願いします!」


そうしてぐっと拳をつくっては、打倒清雅を言い出す秀麗に、思わず櫂兎は吹き出して、それから子供の頭でも撫でるように、ゆるゆると秀麗の頭を撫でた。その心地よさに、眠りに落ちそうになった秀麗は、このままではまずいと一つ話題を振る。


「櫂兎さんって、何の役職されてるんですか」

「ん? 副官補佐、ってことになってるね」


少し妙な言い回しで彼は言う。そのことに何か引っ掛かりを覚えながらも、清雅対策の脳内模擬裁判につい思考を奪われ、すぐに秀麗の頭から消え去ってしまった。


「こういう立場に縁があるみたいでね。付き人に続いて、補佐っていう」

「なんだか格好いいです」

「ありがと。雑用係みたいなものなんだけどね」

「でもそれが、いるといないじゃ大違いなんだと思います。
今、燕青が私の補佐をしてくれてますけど、燕青がいなかったら私、一人で全部こなさなきゃいけなかった。絶対、そんなの無理だったわ…」


椅子に寄りかかった秀麗は、そう呟いて、それから身体を起こして姿勢を正した。


「だから私、頑張れます」


櫂兎の唇が緩やかに弧をえがく。その瞳は、優しい。


「絳攸様も、きっとそうです。いえ、そうでした」

「……絳攸は、悔いただろうな」


それはもう、彼のことだから、痛いほどに。
困った、と櫂兎は思った。この件で謝られるのは、筋違いとでも言おうか。
黎深が変なところで人付き合い不器用ダメダメマンなのは、櫂兎もよく知っていた、それなのに放任主義が過ぎた。現状は、その結果とも言えた。もう少しせっつく方向もあったかもしれないと、櫂兎は思うのだ。所詮はすべて、終わった話ではあるが。

そも、櫂兎が越権行為を理由にクビにされたのだって、櫂兎が好きでそれを選んだ、その結果だ。確かに、越権行為に踏み切っておとなしくクビになったのは、今回の件の警告のつもりもなかったとは言わないが、メインは黎深への櫂兎の当てつけだったりする。


「まあ、絳攸が俺の二の舞にならないよう、しっかり弁護してやってね」

「勿論! というか櫂兎さん? やっぱり捨て身すぎだわ、それ」


そう言って眉を下げる彼女の頭を、櫂兎は癒されるような気持ちになりながら、もう一度撫でる。それから、彼女への応援の言葉とともに笑顔を残して、その室を後にした。

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空中三回転半宙返り土下座
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