白虹は琥珀にとらわれる 24
――吏部尚書・紅黎深の解任の報を櫂兎が受け取ったのは、絳攸が目覚めたという報のあって四日後、実に御史大獄の開かれる二日前のことだった。

前日ではない。そのことに、櫂兎は震えた。このことがどう働くのか、未知なそれは、期待と恐怖を綯交ぜにした感情をうむ。

櫂兎は幾度か深呼吸してから、雑務資料を手元に引き寄せた。目を通そうにも頭に入ってこない内容に、これは駄目だと、ぺちぺち己の頬を叩く。
清雅が室に入ってきたのは、そんな時だった。

両頬に手をあてた状態の櫂兎を前に、清雅は見てはいけないものでも見たような顔をした。


「……邪魔したな」

「待って!? なんで出て行こうとするかな?!」


出て行こうとする清雅の片腕を掴み、空いた手で扉を閉めてから、室の中まで引きずり込む。


「お前が正気でないようだったから…」

「俺がおかしいのはいつものことでしょ!」

「確かにそうだったな」

「そこは否定するとこだよ!? ねえ!?」


櫂兎はそうして清雅に縋り付くが、彼の顔には面倒臭いと書いてある。


「セーガ君ったら冷たいのー」


ぶぅ、と唇を尖らせた櫂兎に、清雅は戸惑う様を見せた。


「いや、お前……やはり様子がおかしいよな? 熱でもあるのか?」

「ピンピンしてまーす! いや、正気でない自覚はね、ちょっとあるんだけどね?」


へにゃへにゃと笑う櫂兎の顔は、血の気が引いているような青白いものだ。清雅は眉をひそめて彼の額に手をやる。……熱くはない。手に擦り寄るように頭を揺らすので、清雅は彼の額を叩く。次いで彼の手を握り、そのあまりの冷たさに驚いた。


「なんか、一気にブワッとなっちゃって、自分の感情が自分のいうこときいてくんないの。変だよねぇ」

「……何があった?」

「んー、と。御史大獄、二日後だね?」


それが、彼がこうなることに絡んでいるとも思えず、清雅は微妙な顔をした。


「お前はもっと、動じない性質の奴だと思っていたが」

「予測外の即興には弱いの。動じない俺になるからちょっと待って」


言うや否や、櫂兎は「佳奈は俺の可愛い妹で、俺は佳奈のお兄ちゃんです」などとぶつぶつ呟きだす。はっきり言って怖い。思わず清雅は掴まれている腕を解こうとしたが、その細い身体のどこにそんな力があるのか、清雅の力ではびくともしなかった。
そう経たず櫂兎の顔色は戻り、彼は清雅の腕から手をパッと離した。


「おかげさまで元気がでました。重ね重ねご迷惑をおかけして…」

「気持ちが悪い」


平に謝る櫂兎に清雅がそう言い捨てれば、彼はがっくり肩を落とした。


「おかしいな、セーガ君に会ったら俺が慰めてやろーって思ってたのに」

「慰める…?」


怪訝な顔をする清雅に、トンと椅子に腰をおろした櫂兎が言う。


「だって、掻っ攫われちゃったようなものでしょ。あんなに手こずったのに」

「手こずらせたのはお前だろう」

「そうでした! いやでも、その執念は少なからず知ってるからさ」

「執念ならば、奴にもあった」


その清雅の言葉に、櫂兎は目をぱちくりと瞬かせてから破顔する。


「いい好敵手って感じだね!」

「何処がだ」


不満そうに顔をしかめる清雅に、櫂兎は抑えられないとでもいうように眩い笑みを向ける。すっかり調子は元通りらしいと、清雅は騒がせな彼に息を吐いた。

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空中三回転半宙返り土下座
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