白虹は琥珀にとらわれる 16
清雅が副官室を出て行き、櫂兎は息を吐く。仮眠を勧めたが、あの調子では作業を続けるに違いない。無理やりにでも寝台に放り込むべきだっただろうかと櫂兎は肩を落とす。
しかし、絳攸が術に掛かって目覚めなくなってしまったのが三日前だとしたら、この後は――と櫂兎は考えて、慌てて思い浮かべたことを掻き消す。囚われないと、変えると決意表明をしたところなのだ。とはいえ、元より『さいうんこくげんさく』には「術は解かれて、秀麗ちゃんが裁判で異議あり! する」などという要領を得ないことしか書かれていなかったが。

気を改めて筆を執り、櫂兎が幾らか書類仕事を片付けたところで、残りの紙が心許なくなった。補充ついでに外の空気を吸ってこようと、机の上に備品室に行くというメモだけ残して櫂兎は席を立つ。
そうして櫂兎が備品室の棚を漁っていた時に、彼女はやってきた。


「やっと見つけた!」


駆けてきたのだろう、少し呼吸を荒くして、それでも溌剌とした声で彼女が言う。前にもこんなくだりがあった気がするな、などと思いながら櫂兎は声の方向を向いた。


「秀麗ちゃん。お久しぶり」

「お久しぶりです櫂兎さん! 何故だか不思議と姿を見なかったから、本当に久しぶりだわ!
今、時間はありますか? 行ってほしい場所があるんです!」

「うん、急ぎの要件は抱えてないね」


櫂兎は机の上に残してきた書類の期日を思い返して、まあ大丈夫だろうと気楽に頷き、引き受ける旨を伝えた。
櫂兎の答えに秀麗は両手をあげて喜んだ後、「絳攸様が」と口を開きかける。櫂兎は彼女の口元に人差し指を持っていき、彼女がその言葉の続きを言うのを止めた。


「ここは耳が多すぎるから、絳攸や陛下を思うなら、言わないように。その件はセーガ君から聞いているよ、昨日からだってね。俺も様子を見に行った方がいいのかな?」

「はい! 呼べるようならって」

「わかった。牢の場所は把握してるから、秀麗ちゃんは仕事に戻るといいよ。急いでるんでしょ?」

「……櫂兎さんには、何でもお見通しな気がするわ…」

「そんな大袈裟な」


櫂兎は苦笑しながら、仕事に戻る秀麗の背を押す。それから、その背中にふと問いかけた。


「越権でクビになった俺の時の資料は参考になってる?」


その言葉にくるりと振り向いた秀麗は、目を見開いていて、にこにこ顔の櫂兎相手にぎゅっと力強く拳をつくった。


「捨て身すぎよ櫂兎さん! でもすごく役立ってます!!」

「それはよかった」


くすりと笑った櫂兎が牢の方向へ身体を向けたのを見て、秀麗も御史室へ向かう。小走り気味に足を動かしていた秀麗に、ふと疑問が芽生えた。

(櫂兎さんは、あのセーガから聞いたって――?)

あの清雅が、櫂兎が元絳攸付きだからといって、絳攸が目覚めないという情報を伝えるだろうか。もし、伝えるとしたら、それは何の理由で――?

秀麗は、はたと立ち止まった。


「私、櫂兎さんが御史台で何してるか知らないわ」






絳攸の留置されている牢では、リオウが何かに集中するように目を閉じていて、楸瑛が絳攸の側で思い出話をつらつらと語っていた。…語るにしては、妙な節がついて既に歌のようになっていたけれど。
櫂兎が訪れたのに気付いた楸瑛が、その顔を上げる。


「棚夏櫂兎、秀麗殿の要請により馳せ参じました」


櫂兎の声に、リオウもふっと目を開けた。


「お久しぶりです。棚夏殿もいらっしゃったことだし、リオウ君も、一度休憩にしよう」

「……ああ」


リオウが額の汗を拭い、立ち上がる。正式な礼をとろうとした櫂兎を止めて、彼は名乗った後、櫂兎にここで絳攸との思い出話をして欲しいことを告げた。


「吏部で李絳攸と長く共にいたのがお前だと聞いたから」

「なるほど、その頃の思い出話をというわけですね」


爽やかな笑みを浮かべた櫂兎をからかうように、楸瑛が口を開いた。


「リオウ君にもその猫かぶるんですか棚夏殿。秀麗殿の前の静蘭みたいですよ」

「ばっ、楸瑛お前、何てことを…これは相手に対する敬意からでだな」

「堅苦しいのは好かないから、別に、楽にしてくれて構わない。第一、その思い出話を語る時まで堅苦しくされては困るしな」

「じゃあ、お言葉に甘えて? 俺のことは櫂兎でいいよ。よろしくね、リオウ君」


口調を崩した彼は確かにその方が、事前に秀麗らから聞いていた話の彼“らしい”とリオウは思った。

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空中三回転半宙返り土下座
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