「そうだリオウ君。聞きたいことがあるんだけども、縹家ご当主様の姉君と、私用でちょっとお話ししたいですって時は、どうすればいいのかな?」
まるで夕食は鳥にするか魚にするか尋ねるように、さらりと櫂兎が尋ねたので、突然何を言い出すのだとリオウはギョッとした。
「私用、ってのは……?」
「絳攸とは別件で、ちょっと交渉がしたくて」
「棚夏殿。それはもしや、珠翠殿の…」
「それもある」
「正直、話にもならないだろうと思う」
左右に首を振り、リオウは答えた。只人の男を、瑠花が相手にするとは思えない。
「そっかー……山登りも検討しとこう」
何故山登り。リオウはまさかと瞠目した。瑠花のいるであろう縹家の隠れ宮は前人未到の万里山脈に位置している。踏破する気だろうか。
……流石にそれはないか、とリオウは考えを打ち消した。
「そろそろ、再開しようと思う。こっちで、何でもいい、思い出話をしてほしい」
「はーい」
片手を軽く上げて、絳攸の側まできた櫂兎が椅子に座る。リオウも術に干渉しようと目を閉じた。そうしてリオウが文鳥に意識を繋ぎかけた、その時。ガタンと何か倒れる音がして、リオウはうつつに意識を引き戻す。音のした方を向くと、櫂兎が椅子から転げ落ち、倒れていた。
「棚夏殿? 大丈夫ですか、棚夏殿!」
楸瑛の呼びかけに、しかし応える声はない。
「櫂兎……?」
目を閉じた彼は、深い眠りの中にいるかの様子で、ぴくりとも動かない。
これでは、まるで――…
ハッとしたようにリオウは絳攸を見、次いで文鳥に意識を繋げようと目を閉じた。
「どこだここ」
目に飛び込んできた光景に、櫂兎は首を傾げた。牢にいたのに、いつの間にやら人っ子ひとりいない大自然の中だ。思い出話をするだけだと思っていたのだが、仕様だろうか。心なしか、薔薇姫を攫いに行った時の、あの世界に似ている。
そこではたと己の姿を見る。人の姿のままだ。
「あれ、おかしくない? 鳥になるかなんかじゃなかったっけ」
絳攸もいないし、と櫂兎が辺りを見渡していたところで、足元で光っている金属に気付き、ひろいあげる。
「なんだろうこれ。…千切れた鎖?」
よく見ようと櫂兎が意識を凝らしたところで、その鎖はパッと掻き消える。それと同時に、世界が反転した。
そして現れる、水色の髪。
「絳攸はっけーん」
「その声はもしや…棚夏殿!?」
驚いたように顔を上げる絳攸。彼は高い崖にピッケルのようなものを突き刺しながら登っているところだった。
その段階になって、櫂兎は自分の身体にもふもふの羽毛を確認した。文鳥になっている、ということだろう。先程の光景が気にはなるが、今は絳攸のことを優先する。
絳攸のそばにいたもう一匹の文鳥が、櫂兎に羽ばたき近付いてきた。
「無事だったか。いや、それよりも、この場所が見えているのか」
嘴から聞こえ出るのはリオウの声だ。
「あー、やっぱり普通は見えないんだ?」
「ああ。……音も聞こえるんだな。
お前の身体は今、昏睡状態に陥っている。干渉する時に、こちらに引きずられたんだろう」
「えっ、それって、俺無事に戻れるの?」
「それについては問題ない。普通は近付く方が難しいんだ。取り込まれている様子でもないところをみるに、この手のものの影響を受けやすい体質か何かなんだろう」
「それについては確かに、心当たりがあるようなないような」
「それで、棚夏殿は無事なのか?」
不安げに絳攸が尋ねるので、櫂兎はおもわず笑ってしまった。
「絳攸、お前、俺の心配する前に自分の心配しろっての。俺は大丈夫だよ、うん」
「そうだ。心配している間があるなら手を動かせ、そして足を動かせ」
キリキリ働けとでもいうようにリオウが指示を出す。慌てて崖にピッケルのようなものを突き刺す絳攸に、重労働だなあと櫂兎はひとりごちた。
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