07




大型連休が明けて、名前はいつも通りの生活を過ごしていた。いつも通り朝のラッシュに揺られて出勤し、いつも通りの仕事をし、いつも通り反対の電車に乗って帰る。

ひとつだけ違うのは、帰り道にカカシがいることだ。

「今日もお仕事お疲れ様」
「はい、ちょっと疲れました」

帰りの電車の中でカカシからの連絡が来て、帰り道だと伝えると迎えに行くと返事が来た。駅に着くと本当に改札の外にいた。

「本当に居る……」
「そりゃ、居るよ」

いつも通り当たり前のように、名前の手を握ってきて、歩き始める。

「名前のOL姿って言うのかな?私服も良いけど、ちょっとカッチリしてるのも良いね」
「そうですか?」
「うん、俺が同僚だったら堪んなくて仕事出来ないね」

重たげな目をキリリとさせて、自信満々にカカシは言う。顔は凄く良いが、言っていることはカカシでなければタダのセクハラだ。いや、カカシが言ってもセクハラか?
名前は、眉をわざとらしく下げて口を開く。

「カカシのそう言う所、本当にすごいと思う」
「ありがとう」

褒めてる訳ではないのになあ、そう思いながらも結局は嬉しそうなカカシを見たら、そんな事はとても小さいことに見えてしまう。

「そう言えば、最寄り駅が同じってことはご近所さんなんですよね」
「気になる?じゃあ、いつか遊びにおいでよ」
「そうですね」
「ハハハ、気のない返事」
「そんなつもりじゃ」

カカシに連れられるまま歩いていると、文房具店の前を通り掛かった。そう言えば愛用のボールペンがインクを切らしていたことを思い出した。

「あ、ちょっと入ってもいいですか?」
「いいよ、どうしたの?」
「ペンの替芯が欲しくて」

中に入り、替芯のコーナーの前でお目当ての商品を探す。カカシはカカシで、手を離したくないからと繋いだままついて来る。
無事にお目当てを見つけカカシを見上げると、明後日の方向を向いていた。何を見ているのか、カカシの視線の先を辿るとショーケースに入った高級ボールペン達。

「気になります?」
「ん?いいや、気にしないで」
「私が気になっちゃたんで、見ましょう」

カカシの気持ちを慮り、名前からショーケースに近付く。有名メーカーのペンが数点並んでいる。銀座の高級文具店で見たペンと違いここは数千円のものばかりだが、そもそも100円もしない替芯を買う自分からしたら随分と高級品だ。
良いペンを使ったことはないが、きっといい書き心地なのだろう。

「どれが好みですか?」
「俺の?」
「勿論です」

カカシは迷わず、青いボールペンを指差した。

「じゃあ、これ買います」
「え?」
「買います」
「どういうこと?」

名前は、カカシを制するように首を横に振ってレジ横に座っていた店主を呼んだ。50代だろう老眼鏡を頭に乗せた店主は、カカシと名前のやり取りを見ていたらしく、うっすらと優しく笑みを浮かべた。
カカシの指差したペンを出してもらい、ラッピングも頼んだ。困惑するカカシの声に、微かに期待の色が滲み始める。
柄のないシンプルな紙で綺麗に包まれる。リボンのついたシールを貼り付けて、店主はニッコリと差し出した。
名前は丁寧にお礼を言うと、替芯の会計もして店を出た。
店を一歩出て、道の端に寄った。手に持ったボールペンをカカシに差し出した。

「いつものお礼です」
「いいの?」
「要らないんですか?」
「要る!すごく要る!」

慌ててカカシは名前のプレゼントを受け取った。プレゼントをしばし眺めていたかと思えば、この上なく嬉しそうに笑った。

「本当にありがとう。また名前からプレゼント貰えるなんて、夢みたいだよ」

大袈裟な、と言いかけた所で口を噤んだ。
嘘でないのならばカカシはこの10年間、ずっと自分を探していてくれていたのだ。何も覚えていない自分には、カカシの果てしなく永かったであろう10年間を推し量ることさえ難しい。
もしも、自分とカカシの立場が逆であったなら自分はカカシのように消えた恋人を探し続けられるだろうか。

「大切にするよ」

この笑顔が、どうか嘘でありませんように。
名前は、密かに切に心から願った。

文房具店があった大通りを、更に進むと2つの飲み屋街がある。チェーン店が集まる通りと個人店が集まる横丁。カカシはどっちに行く?と、名前に首を傾けた。

正直、どっちでもいい。名前は考える。
どうでも良いのではなく、カカシと一緒ならばどっちでもいい。
だから、希望を聞かれた所で飲み屋でなくでも、ファーストフード店でもファミリーレストランでも何でもいいのだ。極論、コンビニのおにぎりを公園で食べたっていい。これは大袈裟過ぎるだろうか。

「カカシはどっちに行きたいですか?」
「俺?俺はね、名前と一緒ならどっちでも良いなー」
「えー?」
「いやね、ほら、どんな汚い店でも俺が見てるのは可愛い名前だけだから」
「そうなんです、私も同じなんです」
「は?」

軽いノリでカカシに気持ちを伝えてみた。
すると、カカシは重い目蓋を見開いて驚いた。

「もしかして、名前、俺のこと好きなの?」

名前は、はい?と声に出しそうになり咄嗟に喉を引っ込めた。

「プレゼントもくれるし、名前どうしたの?」
「どうもしてないです」
「おかしいよ、今までと全然違うよ」

カカシの慌てようを見て、カカシの身勝手さは名前がカカシを好きだという自信があってやっていることだと思っていた。自分の容姿の良さや魅力を分かっているからだと。
でも、違った。本当は名前に断られるのが怖くて、我儘に振舞っていただけなのだ。

「ただ、行動に表したくなっただけです」
「そうなの」

カカシは名前に背を向けて、顔を数回平手で叩いた。しかも、結構強く叩く。

「カカシ、大丈夫!?」
「うん、余裕」

そう言いながら振り返ったカカシの口元は、どう見ても緩んでおり、名前はついつい笑ってしまう。

「ちょっと、何で笑うのよ」

カカシが愛らしくって、なんて言ったら不機嫌になっちゃうかもしれない。いや、カカシならきっとそんな事にはならないだろう。

「ふふ、こんなに喜んでくれるなんて」
「嬉しいに決まってるでしょうよ。俺はね、名前のことが大好きなの。知ってるでしょ」
「はい、もちろん」

それで、結局どの店にするのだっけ。
そんなこと、楽しくて幸せで忘れてしまっていた。





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