03


待ち合わせたのは、昼を少し過ぎた辺りだった。

定番デートスポットのお洒落に開発された臨海部。
潮風を鼻に感じながら改札を抜けるとすぐに分かった。
透き通るような銀髪と、均整の取れた長身、精悍な顔立ちの男が目立たない訳がない。カカシはカカシで、すぐに名前を見つけると駆け寄って来た。

「仕事がないと、そんな可愛い服なんだね。それともデートだから着てくれたのかな?」
「えっと、それは」

名前は、恥ずかしさを誤魔化すように髪に手をやった。

「可愛いね。いいよ、俺が好きに解釈するから」

カカシが自然に名前の手を取り、自分の腕に回させる。会ってくれだの、デートしてくれだの、この男はさり気なく強引な所がある。名前がノーと言ったらカカシはどうするつもりなのだろう。いや、言わせない為に強引にしているのか。

「さ、行こうか」
「は、はい」

海沿いのショッピングモールに続く、オーシャンビューのウッドデッキ。潮風に座喚く咲き始めの桜の木々。自分達の他には、カップルや子供が走り回るのを見守る若い夫婦。周りから見たら、自分達もカップルに見えてるのかも知れない。そう気付くと急に気恥しくなった。

「不思議な感じだね」
「え?」
「名前と海を見られるなんてさ」

名前がカカシを見上げれば、カカシは海を眺めていた。
その表情は、目尻をこれでもかと下げて嬉しそうで、ここまで演技だとしたらとんでもない人間だと思った。

「海が嬉しいんですか?」
「そうだよ、俺達は海のない所に住んでいたからね」
「そうなんですか」

それで、何しようか。とカカシは、名前に問う。

「俺としちゃあ、もう名前と腕を組んで歩けるだけで満足なんだけど。これで終わりも悲しいじゃない。遅い昼飯でもしようか」
「そうですね。近くに美味しいカフェがあるので、そこに行きませんか?」
「うん、行く。そこにはよく行くの?」
「じ、実は、そんなには」

そもそもこの定番デートスポットには、数えるほどしか来たことがない。最後は、前に付き合っていた男性と来た。もう1年も前の話だ。

海外から来たのだと言う人気のカフェに入る。
パンケーキで有名なこの店に初めて来た時は、行列に並んでまで食べた。確かにとても美味しくて、ふと思い出して時々食べたくなる。休日の昼は今でも混んでいるが、少し遅れた昼では並ばずに入れた。

案内されたのは、白いカンバス生地のパラソルが立てられたオープンテラスで、カカシが席に座るとまるでファッション雑誌の1ページのようだった。長い脚を組みながらカカシは店員に渡されたメニューを眺める。

「ちょっと、俺にはメニューがサッパリだなぁ。名前分かる?」

メニューを眺めながら、カカシは困ったように笑った。オープンテラスが似合うイケメンなのに意外だな、と思った後に見た目と中身は関係ないのだと気付いた。

「えっと、甘いのとしょっぱいのどちらが良いですか?」
「甘くて可愛らしいのは苦手でね、あ、でも名前は可愛くて大好きだよ」
「えっと……それなら」
「ちょっと、流したでしょ」

慣れて来た気がしたが、どうやら気の所為だったようだ。
カカシは、まるで会えなかった時間を埋めようとするかように名前へ愛を断絶なく伝えて来るのだ。何の躊躇いもなく。どうしてこんなに平気に言えるのか。

「名前、照れちゃったの?可愛いなあ」
「そ、そんなことありません!」

メニューで顔を隠して、誤魔化した。
急に降って湧いたこの出会いは、一体何なのだろうか。

落し物をして、探していたそれをカカシが拾ってくれて。
そして、カカシは元恋人であると言う名前を探していた。

カカシが言っていることが本当かどうかなんて分からない。だが、記憶喪失であったことは病院関係者以外知る由もなくかつての恋人ですら言ったことはない。会社の同僚も、学生時代の友達にも、話した子供時代の話は全て作り話だ。
それなのに、カカシは知っている。手紙の内容のことだって。

「カカシさんは」
「こーら」
「あ、カカシは、お医者さんですか?」
「え?俺が?違うよ」
「じゃあ、警察官」
「警察官?うーん、違うね」

やっぱり、カカシは、カカシなのかも知れない。

「で、メニュー教えてよ」
「あ、しょっぱいので美味しかったのは、海老のハンバーガーとスクランブルエッグです」
「じゃあ、ハンバーガーにしようかな。教えてくれてありがとう」

カカシはハンバーガーを頼み、名前はパンケーキを頼んだ。

「名前と、こんなゆっくり時間を過ごすなんて夢みたいだよ」
「大袈裟ですって」
「そんなことない。本当に思ってるんだから」

テーブルに向かい合って座るカカシの笑顔。こんな笑顔を嘘でしてくれるだろうか。男だが美人局だったりしてとか、結婚詐欺かもとか何度も考えたことはある。が、カカシと食事に行くと名前が知らないうちにいつも会計は終わっていてお金を使ったことがない。
流石に、携帯を拾ってくれた礼をさせてくれと言ったが「可愛い子が笑顔見せてくれるだけでオッケー」と言って財布すら出させてくれないのだ。
こうやって信頼させて、いつか裏切られる時が来てしまうのだろうか。

「気持ちいいね」
「え?」
「ほら、天気がね」

春先の穏やかな日差し。潮風の中に、春の甘い香りが混ざって名前の鼻先を突っついた。
銀色の髪が風になびく。瞬きをする度に、白い睫毛が日差しを跳ね返した。

テーブルの上、名前の手をカカシが握る。

「今日は、出来るだけ一緒にいたいな」

熱い耳たぶ。絡み合う視線。
2人の間に店員が割る。
目の前には、サラダに包まれたハンバーガーとふんわりと焼き上げられたパンケーキ。蜂蜜と混ざったバターがじゅんわりと溶けて、滑り落ちた。

「美味しそうだね」

カカシの手が離れ、ナイフとフォークを握った。
少し寂しく感じてしまうのは、もう手遅れなのだろうか。

結局、食べ辛い!とナイフとフォークを捨てて、ハンバーガーにかぶりついたカカシに、名前は笑った。

カフェで食事を終えて、少し話をして店を出る。
ショッピングモールで服や雑貨を眺めていた。名前が何かしら可愛い、と言う度に、カカシは簡単に財布を出してきてレジに持って行こうとする。それを阻止することの繰り返し。

「あんまり甘やかしちゃ駄目ですよ」
「いやー、名前には弱いんだよね。喜んでくれるなら何でも買ってあげたくなるって言うか。会えなかった分、名前に何でもしたいんだよ」
「お気持ちは嬉しいですけど、欲しいものなら、自分で買いますから」
「名前は偉いね」
「普通ですよ」

名前は、カカシから奪い返したワンピースをハンガーラックに戻した。が、カカシがまたすぐ手に取った。

「じゃあさ、今日はこれだけプレゼントさせてよ。次のデートで着て欲しいな。そのお礼に名前は、俺の腕にベッタリ抱き着いて残りのデートしてよ」
「そんなの……買って貰わなくてもやります」

名前は、カカシの腕に自分の腕を絡ませながら抱き着いた。
散々、腕を組んでいたのに自分からするとなると恥ずかしい。

「カカシさん?」

カカシが、目をまん丸にしていたのだ。しまった、これは調子乗りやがってと思われたに違いない。名前は、焦りで変な汗をかいた。

「でで、出しゃばってすみません!」

カカシに何か言われる前にと、名前は慌てて手を離そうとした。その瞬間。

「離さないで」

腕を解きかける名前を、カカシが制す。
離れかけた手を、再びキツく結び直された。

「サヨナラするまでは、このままでいてよ」
「は、はい」

何回か食事をしていたとは言え、大胆過ぎたのではないかと行動に移してから赤面した。ずっとわかり易くアピールされていて、ついに図に乗ったのではないかと思われたらかなり格好悪い。
でも、カカシはそんな風に責めることもない。やっぱりこの人はとても優しい。

「昔も、こうやって腕を組んでたりしてましたか?」
「……うん、そうだよ」

記憶喪失になってしまったこと、どう思っているのだろう。

「さて、名前からも抱き着いてくれたことだし、これからどうしようか。一緒に居ると、あっという間に時間が終わるよ」

カカシが海に向かって指を指した。
いつの間にか空は赤から薄紫色に滲み初め、紫の反対側、ずっと向こうに深い藍色がこっそりと覗いていた。
離れたくない、まだ一緒にいたい、なんて言ったらカカシはどうするのだろう。

「もう少し、一緒にいてもいいですか?」
「もちろん」

包み込んでくれるような優しい眼差しだった。





夕日の見える遊歩道のベンチに座っていた。

遠くに都心のビル群が山脈の稜線のように並んでいる。
少し離れた所にコンテナを山ほど積んだ方舟のようなタンカーが停泊していた。コンテナを運ぶクレーンの影がいくつも並んで動物園のキリンのようだ。
カカシの髪が空と同じ色に染まりつつあった。気付いたら、このまま空にカカシが溶けてしまいそうだ。
組んだ腕は解いていたが、ベンチの上に置かれた名前の手にカカシの手が重なっていた。

「楽しかったなあ」
「はい」
「名前と、こんなデート出来るなんてね」

カカシの指が、名前の手の甲を擦る。
すると、カカシがぐいとお尻を移して名前の肩に触れるほどに近付く。

名前を呼ばれ、おずおずとカカシを見上げる。
艷めく睫毛の奥で、重たげな瞳が自分を映していた。暖かいのに何処か悲しみを秘めた瞳。宇宙を込めたビー玉みたいだと思った。

「俺は、名前が好きだよ」

あの日から、会う度に伝えてくる言葉。半ば聞き慣れた筈なのに、デート帰りの美しい夕日と染まった海に囲まれてしまったら今までになく恥ずかしくなる。
耳が熱い。きっと耳朶まで真っ赤になっている。しかし、髪の毛のお陰でカカシには見えない。頬を撫でる風が急に冷たくなったのは、私の体温が上がったからかもしれない。

カカシの手が、名前の頬を包む。上を向かせられたまま固定された。いつになく緊張したカカシの顔。まさか。

待って、心の準備できてない。

言葉にするよりも早くカカシの唇が近付く。名前は、ぎゅっと目蓋を閉じた。ああ、知り合ったばかりなのに。そう思った時、柔らかな感触が額に触れた。
僅かばかり目蓋を上げるとカカシが申し訳なさそうに笑っていた。

「ごめん、幸せ過ぎて死んじゃいそうだから。これが限界」
「えっと」
「ごめんね。でも、次のデートは口にするから覚悟決めといてよ」

再び謝るなり、カカシは名前をすっぽりと包むように抱き締める。その腕は優しく名前に触れる。
初めて感じるカカシの匂い。微かな石鹸の香りの奥から、男の匂いがした。服の上からは想像もつかないほど胸板は厚く、筋肉の凹凸に密かに驚いた。
名前は抵抗もせずに受け入れることにした。しばらくそのままで居ると、カカシが少し体を離して再び名前の顔を持ち上げた。

「名前のキス待ちの顔、めちゃくちゃ可愛かったな。ちょっと、もう1回見せてよ」
「む、無理です!!」
「えー?ね、お願い。この通り」

一体どの通りなのか分からない。名前は、目を逸らしてこっそりと唇を尖らしてみる。

「その顔もたまんないね」
「そんなつもりじゃ……」
「ハハハ」

本当にこの人は、私にゾッコンなのだ。
でも、今の自分では、その恋心に応えられるようなものは何も持ち合わせていない。

「日が落ちたら、どこかに行こうか」
「そうですね」

カカシの好きな私は、果たして残っているのだろうか。
桜が散ったら、春は、終わってしまうのだろうか。





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