人形姫・01


輪廻祭の夜に



「……なんだっけなあ」
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」

カカシは、名前にそう断って考え込んでいた。
年の瀬なのに日差しはポカポカと暖かく、今日は絶好の掃除日和だと名前は意気込んでいた。カカシが仕事に出掛けるまでは、少しゆっくり出来る時間がある。こんな貴重な時間は、カカシは名前を掴んで離さない。
カカシに抱き込まれながら、名前は思い出したように口を開いた。

「ねえねえ、カカシ」
「ん?」
「輪廻祭って何するの?聞ける人がいなくて」
「ああ、そうだよね」

名前が里に戻ってからも、やはり名前が異世界の人間であることは秘密裏にされていた。それを知るのは、綱手、第七班の3人、紅のみ。
名前も、前はただのアカデミー職員や火影室の事務員だったが、今や火影夫人となった。その為、以前よりも言動に気を付けていた。火影の妻と言うだけでも身に危険が及び易い上に、名前は非戦闘員なのだ。悪いことを企む人間からすれば、狙いやすいことこの上ない。

「輪廻祭はね、大切な人にプレゼントしたり、過ごしたりするんだよ」
「へえ、クリスマスみたい」
「そう、クリスマスね。俺は名前と一緒に居たいんだけど、仕事が立て込んでてね。空けられるように頑張るけど……」
「いいよ、お仕事大変なの知ってるもの」
「そっか、綱手様の時働いてたからね。理解があると助かるよ」

もちろん、身近にいた経験があるからと言うのもあるが、輪廻祭の夜に周りの忍や職員達が家族や恋人と過ごせるように、カカシがひとりで仕事を片付けようとしているのを知っているからだ。
本人はそうとは言わないが、シカマルやシズネが密かに感謝していることはひっそりと名前に届いている。

「でも、無理しないでね」
「うん、ありがと」





「終わったー」

コツコツと仕事を片付けて来たから、何とか早くに終わらせられた。
とは言え、名前に理解があって本当に良かったと思う。新婚なのに大切な日に過ごせないなんて、怒られても仕方ない。

とは言え、体は慣れないデスクワークで悲鳴をあげる。
火影の羽織を脱いで傍らに置いた。額当ても外して、しばし休憩。こんな事してないで、早く帰らないとな。名前に会いたい。
伸びをひとつ、大袈裟にやっていた時だった。

──コンコン

全員休みにさせたってのに、誰が来たんだろうか。何か見落としでもしていたか。カカシは、内心焦りながら居住まいを正す。

「どうぞ」

失礼します、ゆっくりと控え目に開けられた火影室の扉の向こうから顔を出したのは何よりも会いたかった人。

「え?名前、どうしたの?」
「待ちきれなくって。あ、でもお仕事の邪魔になるなら、家で待ってるから」
「……全然邪魔じゃないよ。丁度終わった所」
「良かった」

待ちきれないと言ったって、火影室と火影邸は近くにあってすぐに帰ることができるのに。
カカシは、急いで机の上を片付けると名前を手招きする。すると、名前は嬉しそうに駆け寄った。

「お疲れ様」
「ありがとう。うーん、癒される」

カカシは火影椅子に座ったまま、名前を向かい合うよう膝の上に乗せる。向き合ったまま、カカシは名前に頬擦りする。新妻の柔らかい頬を鼻筋で堪能していると、名前は頬を染めながら肩を竦めた。

「なんだか、神聖な場所でいけない事してるみたい」
「もっとイケナイ事する?」
「えっと、それは!」

口布を下ろすカカシに、名前は慌てながら駄目だと制止を掛ける。両手でカカシの顔を覆った。唇を塞がれ、曇った声でカカシは笑う。

「ハハ、冗談だよ」
「もー」

唇を尖らせる名前に、カカシは優しく微笑んだ。

「帰ってくるの待てないくらい、俺の事好きなんだ?」
「うん。好き、大好き」
「そうなの?じゃあ、今すぐ結婚しよっか」
「嬉しい!けどね、なんと!もう結婚してます!」

名前は、ケラケラ笑いながらカカシの肩に顔を埋めた。
この下らないくだりを、結婚してから何度しているのだろうか。何度もカカシに、こんな風に冗談めいたプロポーズを受けて、その度に名前から事実を教えると心から嬉しそうにカカシは笑うのだ。

「本当だ。はあー、良かったよ」
「だね。私も嬉しい」

だってね、本当に信じられないんだよ、そう決まってカカシは笑うのだ。

「つい張り切っちゃってね、ご馳走作ったの。帰ろうか」
「うん、でも、ちょっと野暮用。少し待てる?」
「ん?いいよ?」

名前からの了承の返事を得ると、カカシは膝の上の名前に不意を突いて唇を重ねた。
あ、ちょっと、と慌てる名前を余所にカカシは唇を頬に鼻先に移して行く。唇から逃れようと身を仰け反らせたりしてみたが、カカシの腕に簡単に阻まれた。
名前の顎下に鼻先を滑らせて来たかと思うと、すぐに柔らかな唇が食むように柔らかく登ってくる。
ひと通り、名前の唇を堪能したカカシは舌舐めずりをして、八重歯を光らせた。

「俺は悪い火影だね」
「そんな火影様も好きな私は、悪い子かな?」
「何それ、なんていい子なのよ」

目の前の愛しい人が、自分を純粋に愛してくれる。

なんて幸せなんだろう。
こうして来年になっても、当たり前のように一緒に過ごせるんだ。

「ねえ、カカシ」
「んー?」
「幸せってすごいね」

そうだよ、ずっと夢見ていたんだよ。

「そうだね、名前」

こんな風に人を幸せにしたい。そう思える日を。



ー88ー

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